山内宏泰 公式サイト
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あと何冊読めるだろう。 ふとそう思いました。 だから、 本を読もう。 もっと本を読もう。
文学のすべてを、ここに集めるのだ。
創作と編集、その知見をできるだけ集め、まとめ、体系立てるのです。
アートにまつわること、なんでもここに。
最果タヒはほんとうになんでも書ける。ジャンルを無化する。この本に載っているのは便宜上エッセイと呼ばれることが多いのかもしれないけれど、詩でもあり小説でもあるだろうとおもう。総称していつも「ふみ」を書いてるのだと決めつけたい。 または、最果タヒの書くものはいつもただの「運動」だという気もする。何を書こうとしているかはともかく、そこに「流れ」を生じさせているというか。 流れを記述しようと心を砕いた書き手が、そういえば百年あまり前にもいた。 ヴァージニア・ウルフ。 彼
みかん山の中腹、陽当たり抜群のうちの畠は、あっさり農会長に明け渡された。 これで崩れた風防の石積みも、事故の起きたトロッコも一新されるんだろう。 母には新たに仕事があてがわれた。ふもとのみかんセンター。山のみかんはすべてここに集まり、出荷されていく。むろん施設ごと農会長の息がかかっている。 水の温み出したこの時節、繁忙期はとうに過ぎ去り閑散としている。仕事といえば細々と加工品を作るくらいで、母は明らかに余剰だった。 作業場で所在なさげにしている母を、古参の者らは遠
母はあの日以来、呆然としたっきりだ。 もともと他所の人と屈託なく交われるタチじゃなく、父の横でにこにこ佇みやり過ごすのが常だった。ガードを喪ったいま、自分が前へ出ようとの決意は特にない。すべてに背を向け家でじっと丸まる母の瞳は、何も映さず虚ろだった。 わたしはといえば、自分の性向がまるで母似だったと痛感するばかり。忌引きが明けて学校へポツポツ通い出すも、口実を見つけては休むようになった。 これまでなるべく目立たないポジションを選び続けてきた自分が悪いのだけど、教室
はい。わがままは言いません。 山のみなさんはどうか宅のこと気にせず、お仕事を続けてくださいますよう。 農会長のお力で、お達しを出していただけますか。 ただし身内だけは。線香を立ててこの人を送るお許し、くださいますれば。 わたしが安置所へ駆けつけてから、初めて聴いた母の声はこれだった。 農会長は、眼を見開き唇を半開きにしながら、山をあげての葬送は不要という母の言葉に聴き入った。 お気持ちよく受け止めたと言わんばかりにひとつ深く頷き、眼を閉じてしばし黙考。それから
農会長が言わんとするのは、いまが収穫と出荷のピークであること。 どの畠も人員総出で、たわわに実ったみかんをもいで、ケースにぎっしりと詰め、傷ものにならぬよう丁重に出荷場まで運び出す、一連の作業の真っ最中だ。 みかん山でとれるみかんは、希少なブランド種として流通する。外皮も内皮も極めて薄く、口に含めば糖度の高い果実が躍り出る。甘みと食べやすさで並ぶものなし。それだけに食べ頃は短く、扱いも慎重にせねばならない。 みかん山を彩る樹々は文字通り金の生る木だけど、生った果実を
甲斐甲斐しく父の手伝いに精を出すのが常だった母は、奉ずる先を急に失って身動きすらできなくなっている。到着したわたしを一瞥するも、とくに何を言うのでもない。そのまま涙を垂れ流し立ち尽くすだけ。 見かねた温子さんが、安置所の室の壁際にあるシートをすすめ、手を添え導いて母を座らせた。 と、遺体前のスペースが空くタイミングを見計らっていたごとく、山の人たちがどっと病院へ駆けつけた。 畠を接する四つの家からひとりずつが、もう動かない隣人に手を合わせ、人の運命のままならなさを