「みかんのヤマ」 12 一家の転落 20211231
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「みかんのヤマ」 12 一家の転落 20211231

山内宏泰  公式サイト


 みかん山の中腹、陽当たり抜群のうちの畠は、あっさり農会長に明け渡された。
 これで崩れた風防の石積みも、事故の起きたトロッコも一新されるんだろう。
 母には新たに仕事があてがわれた。ふもとのみかんセンター。山のみかんはすべてここに集まり、出荷されていく。むろん施設ごと農会長の息がかかっている。
 水の温み出したこの時節、繁忙期はとうに過ぎ去り閑散としている。仕事といえば細々と加工品を作るくらいで、母は明らかに余剰だった。

 作業場で所在なさげにしている母を、古参の者らは遠巻きにして声もかけない。
 そうして訳知り顔で輪になり、囁き合う。
「そんな邪険にしちゃいかんよ。あれほら、会長が次に囲おうとしてる人だけえ」
「ええやん、そのぶん待遇ようしてもらっとるんやで。何から何まで」
 相手に聴こえるよう巧妙にボリューム調整された噂話は、計算通り当人の耳に届いていたが、母は無反応だった。何ら抵抗しない相手では張り合いがなく、従業員たちはすぐ母への興味を失ったが、山の王はそうじゃなかった。

 次いで住まいも移るようにとのお達しが来たのだ。わたしが生まれてからずっと過ごしてきたふもとの家。畠のない者が住み続けるのは罷りならんとのこと。
 母は従業員だけが入れるセンター近くの小住宅を斡旋された。で、わたしは? 心配ない、ちゃんと考えてあるとばかり、町の寮制商業高校への進学が示された。

 母の口からあたかも決定事項のように予定を聴くまで、わたしにひと言の相談もなかった。そんなやり方に何の疑問も持たない母に、愕然とした。
 なぜこんなあっという間に、山の王にいいように操られてしまった? もともと自分のない人で、わたしも似たようなものだけど、それにしても。相手はみかん山を丸ごと操る「王」、弱った母の心ひとつ動かすくらい容易いのかもしれないが。

 思えば父がトロッコからころりと落ち、母は苦もなく手中に落ちてきたわけだ。
 農会長からすれば、なんと都合のいい展開か。
 娘? ああ、いたな。圏外にでも捨て置けばいい、といったところか。
 いや、そうはいくか。

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ライター。アート、写真、文学、教育、伝記など。 著書に「上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史」など。 好物はマドレーヌ、おにまんじゅう。 【Twitter】@reading_photo   info@yamauchihiroyasu.jp