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「みかんのヤマ」 9「山の王」の威厳  20211228

 農会長が言わんとするのは、いまが収穫と出荷のピークであること。
 どの畠も人員総出で、たわわに実ったみかんをもいで、ケースにぎっしりと詰め、傷ものにならぬよう丁重に出荷場まで運び出す、一連の作業の真っ最中だ。

 みかん山でとれるみかんは、希少なブランド種として流通する。外皮も内皮も極めて薄く、口に含めば糖度の高い果実が躍り出る。甘みと食べやすさで並ぶものなし。それだけに食べ頃は短く、扱いも慎重にせねばならない。
 みかん山を彩る樹々は文字通り金の生る木だけど、生った果実を手早く市場に出さねば年間の作業は水泡に帰す。収穫・出荷期は一分一秒も無駄にできない。

 このたびは、朗らかな人格者として広く親しまれ、これからのみかん山を担うはずだった壮年の急な不幸。集落としてはできるだけのことをしてあの世へ送りたいのはやまやま。だが、いかんせん時期が悪い。いま大々的に別れの場を設えて人手を割いては、山全体の死活問題に直結する。どうしたらいいか。
 という葛藤を農会長は口にしたわけではなく、眼尻に力を込めてどこか遠くを見やるまなざしと山型に結んだ口元、両のこぶしを固く握った力感ある姿勢によって、周囲にひしひしと伝えていた。

 責任ある者の苦渋。そんなタイトルの付いた彫像みたく立ち尽くす初老の男性の姿。これをふつうはすこぶる立派なものとみなすんだろう。
 現に御付きのふたりの副会長は、農会長から二歩も三歩も下がって、悩める「山の王」がまもなく下すご決断を、聞き逃すまいとかしこまっている。

 でもわたしの眼には、彼のやっていることが、
「わざ、だ。わざ」
 としか映らなかった。わざとらしく、白々しい。
 いつもそうだ、この人は。胴体からこぶし三つほども離した両手を大きく前後に振って歩いたり、必ず一拍溜めて人の気を惹いてから話を始めたり。すべてが自分を一ミリでも大きく見せるための演出だと思う。見ていて痛々しい。
 彼を恭しく扱う山の人たちは、わざとらしさを重々承知のうえ、偉い役目を引き受けてくれる労いを込めて「のってあげている」のだとばかり思っていた。
 だが次の瞬間の母の意外な反応で、わたしの思い込みは崩れ去ることとなる。

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