「みかんのヤマ」 11 母の決断 20211230
母はあの日以来、呆然としたっきりだ。
もともと他所の人と屈託なく交われるタチじゃなく、父の横でにこにこ佇みやり過ごすのが常だった。ガードを喪ったいま、自分が前へ出ようとの決意は特にない。すべてに背を向け家でじっと丸まる母の瞳は、何も映さず虚ろだった。
わたしはといえば、自分の性向がまるで母似だったと痛感するばかり。忌引きが明けて学校へポツポツ通い出すも、口実を見つけては休むようになった。
これまでなるべく目立たないポジションを選び続けてきた自分が悪いのだけど、教室にいたってだれが声をかけてくれるわけでもない。とくに山の子らが、一様にわたしを遠巻きにしているのははっきりわかる。
それで学校に行かず家にいても、甲斐甲斐しく家事をするわけもない。まして畠のことなど出る幕なしと勝手に決めつけ、わたしも母も見向きもしなかった。
今年の収穫と出荷は、農会長が差配してすべてやってくれて、助かった。
ただしちょっと気になったのは、卓に出しっ放しの伝票をチラ見すると、みかんの出荷等級が「B」になっていたこと。
父のつくるみかんは、いつも等級「S」だったはずなのに。
勝手知ったる畠の主がいなくなってしまったのだから致し方ないのかもしれないけれど。いいタイミングを逃して買い叩かれたのか、山の王がそもそも父の畠を評価していなかったのか。なんにしても気分はよくない。
じゃあ母とわたしに「S」級の畠を守り抜こうとの気概があるのか。まるでない。しばらく畠の様子を見ることすらしなかったら、みかんの樹を守る風防樹がさっそく枯れてきた。久々に畠の周囲を巡ってみたら、石積みの風防壁も一部が欠けてしまっていた。
崩れては危険だし、隣の畑にも迷惑がかかる。重い腰をようやく上げて、母が直そうと思い立ったはいいけれど、積み石の手配や運搬方法すらわからない。
近隣の畠は妙によそよそしくなってしまったし、母が頼れるのは農会長しかいなかった。それで恐縮しながらも連絡を入れていたようだけど、その後に母は直接何をするでもなし。
どうするのかと訊けば、どのみち女性がひとりで石の運搬もできないし、積み石の作業も無理に決まっている、
「みかん山の畠は、女手だけじゃやっていけない」
そう叱られたという。
なのでひたすら頭を下げて、もうすべてお任せすることにしたわ。母はわたしの顔を見ず、そっぽを向いて投げ捨てるように言った。