山内宏泰 公式サイト

ライター。アート、写真、文学、教育、伝記など。 著書に「上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史」など。 好物はマドレーヌ、おにまんじゅう。 【Twitter】@reading_photo   info@yamauchihiroyasu.jp

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「若冲さん」 41   20211201

「若冲さん」 40   20211130

「若冲さん」 39   20211129

「若冲さん」 38   20211128

「若冲さん」 37   20211127

「若冲さん」 36   20211126

「若冲さん」 41   20211201

 錦はお上に目を付けられ「終わった」市場だ、そんな噂もまだ絶えない。  若冲の生家・桝源は大店ゆえ持ち堪えたが、再開の余力なき店も多かった。  せっかく営業禁止が解けた錦市場に、生気はなかなか戻らない。  青果や魚介など水ものを扱う市場では、すべてが循環し新鮮を保たねば駄目だ。  ヒト・モノ・カネが澱んでいる錦の現況はかなり深刻。  なんとか空気を変え人を招ばねば、錦市場は早晩立ち直れなくなるだろう。  錦の苦境はユウを経由して、鴨川のほとりで暮らす若冲の耳にも入ってきた

「若冲さん」 40   20211130

「いや本当にもう、自分ごとの用向きや願いなど、何もないのだ。  幼少のころより何も成せなかったわたしが、三十幅の画を描き、相国寺へ寄進できた。  ひとつごとを為せたいま、我が心の内の視界にはただただ、平坦な湖面が広がるのみ。  そんな折に、縁ある者たちの困り顔が目に映ればどうなるか。  できるだけのことをしてやりたい。そう思い腰を上げるのは当然であろう?」  なぜここまで錦市場を救うのに躍起になったのか。策が見事にハマったのはなぜか。  ユウのそんな疑問に、若冲は思うとこ

「若冲さん」 39   20211129

「こちとら余生を送る隠居の身。日々することもないのでな。  こんなときの捨て駒にでもなれたら本望だ」  若冲の繰り出す手が奏功し、錦市場営業禁止の沙汰は取り下げられた。  奮闘ぶりをユウが称えると、鴨川べりの寓居に座した若冲は謙遜しきり。  そしてこう付け加えた。 「そもそも、農村から奉行所へ嘆願させよと知恵を授けてくれたのは誰だ?  農家出のユウ、お前さんだったろう。  おまけに出身地・壬生の有力者まで紹介してくれたな。  父上母上へ改めてよろしく伝えてくれ」  そ

「若冲さん」 38   20211128

 事ここに至って、奉行所はかなり追い込まれてしまった。  京の台所を根っこで支える近隣有力農村と、帝も将軍も跪かせる権威の塊・仏教界。  双方から直に要望が舞い込むなど、そうそうない。知らず大事になってしまっている。  かなり面倒なところに手を突っ込んだ状態……。そう言わざるを得ない。  そもそも閉鎖させた錦市場には、何の落ち度も違反もない。  錦を目の敵とする五条市場の金銭攻勢を奉行所が受け入れ、錦が嵌められただけで。  ハナから筋の通らぬ話ではあるのだ。  この期に

「若冲さん」 37   20211127

 錦市場営業停止の沙汰を出した奉行所に春先、相国寺・大典禅師から書状が届いた。  私信のかたちではあったが、かなり具体的な要望がそこにはしたためてあった。  大意はこうだ。臨済宗五山の寺すべての庫裡が、年初より困り果てている。   五山すなわち天龍寺、建仁寺、東福寺、万寿寺、そして相国寺。  これらが抱える僧や関係者だけで、いったいどれほどの人数になることか。  彼らは殺生を控える身。活動生命を支える穀物青物の類は大変重要である。  青物が安定供給されてこそ、仏の道を究め

「若冲さん」 36   20211126

 閉鎖へ追い込まれた錦市場を救うべく、若冲はどんな手を打ったのか。  ずいぶんな搦め手である。  まず、壬生や九条など京近郊の有力農村へ出向き、地域の長と直談判した。  市場再開時の有利な商条件を約すのと引き換えに、奉行所宛の願書を書かせた。  内容はこうだ。  天子様や京の守護者のため、我ら農家は日夜作物を拵えている。  良質な品を安定して届ける本分を今後もまっとうしたい。  それには良き市場が不可欠。なのに、頼りの錦市場が開いていない。  我らにとって大打撃である。