山内宏泰 公式サイト
記事一覧
ことばスケッチ 4 「境界線」
メイアイカムイン?
交代でピッチに入るときはいつも、誰にも聞こえないボリュームでそうつぶやいてから、タッチラインをまたぐことにしている。
すると右足がピッチの芝に触れる直前、およそ五分五分の割合で、
「どうぞ」
と、どこからか返事が聴こえるんだ。
そのひと声はいつも、たしかな後押しになってくれる。
ピッチに立ってプレーすることを、許されて僕はそこに在ると感じられるから、怖いものなんて何もなくなる。
言葉でスケッチ レッスン3 「威圧」
髪を五分刈りにした男が、赤茶けたビッグサイズのロングTシャツ姿で、ドアからヌッと現れた。
目がパチクリしているのに、口元は八の字に固く結んでいる。
日々刺激を入れて鍛えたんだろう胸元の位置が高い。
上背があるうえに重心が高いので、こちらが相手を見上げるかたちになる。
男がズイと一歩、前に出た。自分の腰が思わず落ちてしまい、いっそう五分刈りが遠く、高くなる。
【掲載中】週刊文春 桑田佳祐連載「ポップス歌手の耐えられない軽さ」第45回
坂本冬美さんとのコラボを成した桑田さんですが、
はた、と思います。
たとえば松田聖子さんに楽曲を頼まれることはついぞなかったな、と。
なぜだったのでしょう? ぜひご一読のほど。
桑田佳祐さん連載「ポップス歌手の耐えられない軽さ」第45回、発売中の週刊文春で。
#桑田佳祐
レッスン2 「エクレア」
駅前の菓子屋の窓ガラスの向こう、イートインコーナーに妻が座っていた。
彼女がひとりでものを食べている姿を見るのは、初めてだった。
両手でエクレアを捧げ持って、それをこまめに口元へと運んでいる。
彼女の両眼は片時もエクレアから離れない。こちらに気づく様子はまったくない。
真剣なまなざしを湛えた顔面が、咀嚼のせいで上下に揺れるあいだ、彼女の瞳の色はさっと明るみを増す。
いったん揺れが収まる
スケッチ1 「レッスン」
「レッスン」
壁にぐるり据え付けられたバーに縋り付くように、等間隔で生徒たちは散らばっていた。
がらんとした室の中央に、ひとり先生が佇んでいる。身体にぴたりな黒いシャツとパンツに身を包み、反らせた胸の前で腕を組む。
引っ詰めた髪の下で丸出しの額にうっすら皺を寄せ、彼女は短い言葉をふたつ、みっつ。続けざま口にした。
窪んだ眼窩の奥から発する眼差しは、右手を斜め前方に、左脚は斜め後方へと懸命に伸ばそ