レッスン2 「エクレア」

 駅前の菓子屋の窓ガラスの向こう、イートインコーナーに妻が座っていた。
 彼女がひとりでものを食べている姿を見るのは、初めてだった。
 両手でエクレアを捧げ持って、それをこまめに口元へと運んでいる。
 彼女の両眼は片時もエクレアから離れない。こちらに気づく様子はまったくない。
 真剣なまなざしを湛えた顔面が、咀嚼のせいで上下に揺れるあいだ、彼女の瞳の色はさっと明るみを増す。
 いったん揺れが収まると、瞳はいつもの真っ黒に戻る。
 すぐに次のエクレア片が口に運ばれ、また咀嚼が始まれば、瞳は明るい色に染まる。
 変化は延々と繰り返された。

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