山内宏泰 公式サイト
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あと何冊読めるだろう。 ふとそう思いました。 だから、 本を読もう。 もっと本を読もう。
文学のすべてを、ここに集めるのだ。
創作と編集、その知見をできるだけ集め、まとめ、体系立てるのです。
アートにまつわること、なんでもここに。
「文化はあそびの形式の中で発生し、はじめのうち、文化は遊ばれた」 ホイジンガが『ホモ・ルーデンス』の中でそう書いたのをうけて、「遊び」をより体系的に規定していこうと試みたのが本書。 カイヨワは文学者、社会学者、美学者にしてジャーナリスト。こういう総合的な知の探索者がたくさんいる時代と地域のほうが絶対的にすてきだ。 カイヨワはびしっと端的に遊びの定義をする。 1、強制されない自由な活動。 2、あらかじめ決められた明確な空間と時間の範囲内に制限・隔離された活動。 3、未確
サザンオールスターズが生成された青学時代のこと。 一読おおおっ、初々しいって思いますよ。 桑田佳祐さん連載「ポップス歌手の耐えられない軽さ」第20回、 発売中の週刊文春で! #桑田佳祐 #サザンオールスターズ
うごきはじめた美術館。 京都市京セラ美術館での杉本博司展のこと、文春オンラインで! #京都市京セラ美術館 https://bunshun.jp/articles/-/38125
遊びは文化より古い、のだという。 人類が共同生活を始めたときから、その行動にはすべて遊びが織り交ぜられていた。 そもそも、言語がそうだ。言葉を創るというのは、具体的なものに形而上的な概念をあてていく作業。具体的なものを抽象的なものに転換するわけだけど、その際にいつも使われるのは比喩だ。つまり言葉遊び。 思えば神話も祭祀も、もとはといえば純粋な遊びとしておこなわれたものである。そして神話と祭祀は、あらゆる文化を動かす原動力。法律、社会秩序、商取引、科学技術、哲学、
「ある文化は、それをになう人びとがたがいにたがいをまねあうことによって、成りたつともいえる。」 世にものまねタレントなる存在がいて、ものまね番組まであるというのは、なんて不思議なこと。つねづねそう思っていた。 でも日本文化にとって、まねるとはひじょうに大きな意味がある。集団の維持を重んじる日本文化内では、似ていることはいいこととみなされる。だってみんなと似ているというのは、集団にとっての安心につながるから。 ここでホイジンガやカイヨワが確立した「遊び=文化」の型
戦後を代表する政治学者の丸山眞男が、新書のかたちでコンパクトに考えをまとめた一冊。タイトルの通り、日本の思想の特徴や問題点を、明快に浮き彫りにしていく。 収載順に章の内容を見てみれば、まずは書名にもとられている「日本の思想」。日本では、はっきりと辿れるようなかたちで思想の歴史が形成されてこなかったことを、丸山はズバリ指摘する。日本人はものの捉え方・考え方がことごとく無構造なのだという。 たしかに「もののあはれ」だとか、儒教に基づく倫理観は時代を超えて受け継がれてきた