「若冲さん」 3 20211024
四代目伊藤源左衛門は自室に閉じ篭り、日がな妖しげな目つきで庭に放した鶏を見て暮らした。
その間も青物問屋「桝源」の商いはもちろん続いた。老舗の名に恥じぬ堅実な取引を日々重ね、信頼感でいえば錦小路随一との評も立った。
そんな高い世評を得るうえで、当主の四代目はむろん何ら寄与していない。家業に関して彼は手も口も一切出していないのだから。
それでも家督を継いでまもないころは、家族や店の者が当主にいちいちお伺いを立てたものだった。
「出入りの百姓が時節の挨拶に参ります。挨拶を受け、労いの言葉のひとつでもかけていただけたら」
「うちは卸しが生業とはいえ、近頃は店頭での小売の売上も馬鹿になりません。店の設えをさらに充実させたく、ひとつご采配を」
「町衆の寄合がございます。顔役がこぞって出席する場。ここは当主がお出ましになりませんと」
次々と持ち込まれる仕事を、四代目はことごとく拒否した。
いや話も聞かないだとか、敵対心を剥き出しにするといったことではない。申し出には素直に耳を傾ける。
聞いているあいだ四代目はずっと哀しげな趣を湛えていた。そうして聴き終えるとすっと無表情になって、
「できれば、したくないんだが……」
とつぶやき、話を持ち込んだ者にすべてを任せてしまうのが常だった。
思えば幼少の頃より、この四代目が家業に興味を示したことなどなかった。それでも家族は、当主になれば変わるのではと一縷の望みを持った。が、それもあっさりと潰えた。
幸いだったのは、伊藤家に次男と三男がいたことである。ふたりとも才気走る風ではないが、真面目と根気には定評がある。彼らは力を合わせて店の差配をし、寄合に出るなどまめに社交もこなし、当主が出て来ぬ非礼を詫びて回った。
先代に仕えていた使用人も、多くがそのまま働いてくれている。当主の体たらくにかかわらず、店の看板はひとまず安泰であった。
四代目は馬鹿の一つ覚えのように、
「できれば、したくないんですが……」
との台詞を繰り出すことによって、何もしない日々、いや鶏を見続けるだけの日々というべきか、を獲得したのである。