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「若冲さん」 29   20211119

「あなたが与えてくれた画材を使えば、ひょっとするとわたしにも何かを生み出せる。
 実生活で生産性が零なのは甘んじて受け入れよう。
 せめて限られた画面の内だけでも、生命を横溢させられたら。
 それだけ考えてきた二十年は、あっという間でした。
 出来はともかく、これこうして描きたいものを描くだけ描いた。
 画のおかげで、わたしなんぞがこの世でひとつごとを成せた。
 世間の他の立派な方々はともかく、わたしにはそれでじゅうぶん過ぎる達成です。
 その軌跡がかたちを為して、三十幅もの画が残りました。
 相国寺様の庫裡の一隅に場をいただけたなら、それに勝るものはなし。
 ここらがわたしの生の、精一杯ですな。
 あとは我が身が果てるのを、坐して静かに待つのみで」

 生まれてこのかた、こんなにたくさんをいちどきに喋ったことがあったかどうか。
 そう自分で疑うほどの長口上を、若冲はとうとうと述べた。
 身じろぎもせず耳を傾けていた大典禅師は聴き終えると、
「ふむ」
 と短く音を発するのみ。
 あとはただ庭を眺めやるばかりで、もう若冲のほうへ向き直ろうとしなかった。
 感極まって、僧にあるまじきものが眼尻から零れ落ちそうだったからだ。

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