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日本百名湖 四尾連湖 (3)

 湖面はしっかりと青い。つまりは空の青がくっきり反映されているということなのだけど。
 湖の周りは、ぐるりを緑が取り囲む。樹木は湖上に覆いかぶさるようにして生え、隙あらば湖の領域を侵食したくてたまらないが、容易に手を出せないといった様子。
 村上春樹『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』で、主人公の「僕」が地下鉄トンネル内をささやかな防御策だけを頼りに進み、闇に巣食うやみくろに危うく引きずり込まれそうになる場面を思い出す。
 湖面と周りの緑は、秋の陽に照らされそれぞれ強く発色し、その境界線をくろぐろと浮かび上がらせている。この湖の輪郭は、くっきりとして太いと知れた。
 湖面には、わずかばかりの波が立っている。といってもほんのわずかなことで、それこそ五ミリにも満たないほど。そよ風が湖面をわたり、ささやかな余波が湖面の水をこちらに寄せている。
 四尾連湖の最大水深は一三メートルという。湖としては浅い。それでもしゃがみ込んで湖面を見つめているかぎり、この水量のボリュームたるやすごい。どれだけたくさんの水が、この地表の窪みに湛えられていることか。
 長い年月、この場所に、間違いなく大量の水が在り続けた。その単純な事実に圧倒される。
 もちろんそこに溜まっている水は蒸発したり地表に浸み込んだりして消えていき、代わりに雨粒が落ちて同等の量が補充されを繰り返す。
 つまり、これはいつも同じ水じゃない。水は常にそこにあるけれど、元の水にはあらず。
 周りの樹木だってそうだ。立派な大木が多くて寿命も長そうとはいえ、せいぜい百年単位のこと。視界を埋め尽くす葉に至っては、季節が巡るごとに落ちたりまた生えたりし続けている。
 この湖の光景を成しているすべての物質は、丸ごとどんどん入れ替わっている。それなのにここは四尾連湖との名のもと同じ湖としてずっと存在していることの不思議を思う。
 絶えず中身が入れ替わっているというのに、四尾連湖を四尾連湖たらしめているものって、いったい何なのか。
 土地の記憶みたいなものか。
 もしくは、この場に渦巻くエネルギー現象のことを四尾連湖と呼んでいるのか。
 どうなのだろう?

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