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「みかんのヤマ」19 わたしのロールモデル 20220107

 みかん山を奪うという目標を掲げるのはいいとして、そのためになぜ、人に施す仕事を目指す必要があるのか。

 財産や人脈、経験に特殊技能。ことごとく何も持たないどころか、十代にして重い罪まで犯してしまって、どこからどう見てもマイナス人間なのがわたしだ。自分なんぞが何かを得たいと思ったらどうするか。唯一残った自分自身という資本を磨いて、のし上がるよりほかない。
 わたし自身が有為な人間となって人を動かし、真っ向から合法的に、みかん山を乗っ取ってやるのだ。多少時間はかかるかもだけど、本当に何も持たない者は、それくらい手数をかけなければ逆転なんてできっこない。
 
 そこでわたしは、わたしの知るなかで、最も優秀な人の真似をすることにした。
 それは誰か。農会長に決まってる。こちらの感情を排して虚心に眺めてみれば、みかん山の集落で断トツに頭が切れるのは、当然ながら彼ということになる。だからこそ「山の王」として、いつまでも君臨していられるわけで。

 彼がとくに長けているのは、人の心を掴んで操ってしまう術。人と人の関係性をよくよく見極め、一人ひとりの感情の流れや機微を観察し読み解いて、相手にとって益あることや喜びそうなことを、適切なタイミングで言ったりしたりできる。
 自分のことを「わかってくれている」「見ていてくれたのか」と感じると、誰しも気分がよくなって、農会長のことを簡単に信頼して、すすんで何でも言われた通りするようになるものみたいだ。

 わたしが目指すべきは農会長。彼に追いつき追い越し、凌駕して、山の王の座を明け渡させるのだ。それがわたしの取り得る唯一の戦略であって、恨みつらみは心の別のところでしっかり抱いておけばいい。
 整体やマッサージを学ぶ専門学校は、この目的のためになかなかおあつらえ向きだ。わたしが操りたいのは他人のアタマとカラダ。その構造について細部まで知れるなんて、興味深過ぎて卒倒してしまいそう。

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