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『つきのひかり あいのきざし』 尾野真千子と川島小鳥  〜トタン屋根書店で見つけた本〜

 写真はたいてい具体的な何かを写すものなのだから、被写体の重要性はいくら強調してもやり過ぎということはないはずです。これは写真がまずもって被写体のためのものであることを、はっきり示している一冊ですよ。
 と言いながら店主が持ち出してきたのは、川島小鳥が撮影した『つきのひかり あいのきざし』だった。

 被写体になっているのは、女優の尾野真千子。彼女を台湾や奈良各所で撮影したものです。どのカットも肩の力が抜けたムード。尾野真千子はどこまでも自然体で、無防備な姿を晒しています。ただ、本当にリラックスした状態を撮らせているのかどうか、それはわかりませんよね。これほどの名優ですから、緩んだ雰囲気を醸し出す完璧な演技をしているだけなのかもしれない。
 いずれにせよ、とことん絵になるのはたしかです。ただ路傍に立ちすくんでいても、部屋の中でしゃがみ込んでも、まるで映画のワンシーンのよう。周囲の光景と溶け込みつつも、すさまじい存在感を発しています。
 たとえ俳優としての「見せ方」の技を駆使しているのだとしても、尾野真千子というひとりの人間の素直でまっすぐな性向や器量の大きさはしかと写し取られていますね。
 作中では唐突に、
「ここに私はいる。」
 という言葉が差し挟まれていて、ハッとさせられます。そうその通り、この本に収められた写真によって示されているのは、ただそれだけのこと。本書のページをめくらせる原動力は、明らかに「ここに私はいる。」という尾野真千子の存在感であって、被写体がすべてをリードしています。
 個性の強い作風を有して人気の川島小鳥が撮影者であるというのに、はてどうなっているのだろうとも思いますが、そこではたと気づくのは、そもそも徹底した「被写体ファースト」の姿勢こそ、川島小鳥の写真の特長なのだということ。
 ベストセラーになって大きな話題をふりまいた彼の過去作『未来ちゃん』だって、人間というよりも生命の塊といった趣の幼児の強烈なキャラクターが、何より人の心に残っているわけです。被写体の持つパワーをかけらも損なわず画面内にすくい取る、それが川島小鳥の希有な能力なのだろうと改めて気づかされます。


つきのひかり あいのきざし  尾野真千子と川島小鳥 リブロアルテ


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