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「チゴイネルヴァイゼン」1     20211016

 さっきまで戸外を吹き荒らしていた風はもう止んだ。いまは物音ひとつしない。
 夜陰に乗じて家が丸ごと、静かな場所からもっと静かな場所へ逃げ去るようだった。

 私は何をするでもなく、書斎でチェアに座っていた。自分の内までしんと澄んでいく心持ちだが、瞼はどうにも重たい。

 頭上の屋根で乾いた音がした。瓦の上を小石が滑っていくような。からんころんと音は速度を増し、廂に達するかという瞬間、脳を貫く震えがきた。
 廂を飛び越え庭の土に落ちたと感じた。地面で音が鳴るか鳴らないかのうちに、全身の毛が逆立った。

 なんとか気だけは確かにしていたが、じっとしていられず部屋を出た。物音に気づいて台所から出てきた妻があ、と云った。
「まっさおな顔。どうしたんです」

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