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「若冲さん」 43   20211203

「なるほどこれはまた、ずいぶん寂れたな。

 私や弟の小さい時分など、昼間は通りをまっすぐ歩けやしなかったものだが」

 何らか方策を思いついたと言い出した次の日の午前。
 若冲はユウを伴い、さっそく錦通りの東の端に立っていた。
 とっくに店が開いている時間というのに、やはり人影はまばらである。

 通りはここから真西へ向けまっすぐ続いている。
 両側に連なる店を眺めつつ、ふたりはそぞろに歩き出した。
 若冲の手には、携帯用の墨と細い筆があった。
 ユウは、両手をうんと広げたのと同じほど長い紙を持たされている。

 しばらく進むと、若冲が思案顔で立ち止まる。
 おもむろに筆を執り、ユウに紙をピンと張らせ、何事か描きはじめた。
 まずは紙の長辺と平行に、二本の直線をすっと引く。
 続いて、線のはじまり辺りに小さく長方形をとる。
 そうしてその中に、ちまちまごちゃっと何やら描き入れた。

 ユウにはかろうじて、そこに何を描いてあるのかがわかった。
 下辺に大ぶりの花がいくつも咲き、上辺には蝶が幾匹か舞っていた。
 
 あれ、この図柄には見覚えが……。
 ユウがそう思ったのも当然である。
 これは若冲が描き上げ、大典禅師の相国寺に献納した三十幅の画のひとつ。
 ほんのり紅に染まった芍薬を目当てに蝶が集まる《芍薬群蝶図》だ。

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