
みかんのヤマ 1黄金色のみかん山 20211220
豊後水道に面した宇和湾の水は蒼く、強い陽に照らされていつも温い。
澄んで甘そうな海水に誘われるみたく、こんもりした山が水際まで迫り出す。
四国の西端、海へちいさく突き出た諏訪崎の浜浦ではそんな地形を代々、みかん栽培に活かしてきた。
日がな燦々と陽があたり海風も渡る山腹には、裾から頂までびっしり果樹が植えてある。整然と並んだ樹々は斜面に自然の階段を築く。
一種類の植生しか持たぬ小山は、まさに「みかん山」だ。
最良の環境のもと樹に生る果実は例年、触れれば弾けんばかりに膨れ上がる。熟れた実は、枝という枝をしならせて大量に生る。
年も押し迫った収穫直前の季節など、みかん山は全体が黄金色に輝き出す。
人の世がウィルスに翻弄されっ放しだった今年の暮れも、みかん山はいつもと変わらず、全体が大きな熟れきった果実のようになった。
山のふもとにある、集落に一軒ぎりの中学校の教室窓から、黄金色の山容を陶然と眺める生徒がひとりいた。みかん山で働く両親を持つ、山田実花子。
師走に入ったばかりのこの日、彼女は完璧な幸福と最低な不幸をいちどきに味わう羽目になるけれど、本人はそれにまだまったく気づいてはいない。