書き出しのレッスン 〜冒頭の情報圧縮 「おわりのはじまり」
野太いドッ! という音が、グラウンドの脇まで響いた。
J1クラブ「C大阪」の練習グラウンドで、小久保選手の居残りトレーニングが続いている。
月末の今季開幕戦へ向けすでに調整の段階で、チーム練習は午前のみで終わった。
チームメートがクラブハウスへ引き上げる中、小久保はひとりゴールマウスと対峙する。足裏でボールを転がし、素早い動作でフェイントを入れてシュート態勢に持ち込み、強いボールを打ち込む。
軌道が目で追いきれないほどのボールスピード。気づいたときにはゴールネットが優雅に膨らんでいて、そこだけスローモーションのように見えた。
ジョグで元の位置に戻った小久保は、いくつも並べてあるボールをひとつ足で掻き出すと、すぐまた動き出す。
足裏でひょいとボールコントロール、肩でフェイクを入れフェイントの動作、間髪入れず右足を鞭のように振るってシュート。髪から汗の粒が飛び散る。ゴールネットがゆっくりと膨らむ。
グラウンド脇で様子を窺っていたサッカー専門誌のチーム番記者は、仕事柄の癖で小久保のシュート本数を数え上げていたけれど、五十回を超えたあたりから根負けしてただ見守るだけになった。
「ねえこれ、取材受けたくないから終わらない、ってわけじゃないよね?」
記者が近くにいたチームマネージャーに、軽口ふうに尋ねた。ワイシャツの上に真っピンクのチームジャージを着込んだマネージャーは、
「すみませんね、気の済むまでやらせてあげて? ほら、彼も瀬戸際だから」
練習後の小久保に短いインタビュー取材を申し込んでいた番記者は、その場を動くに動けない。マネージャーは気を利かせて、クラブハウスのミーティングルームで先に待機しておいてもらうよう促した。
得心がいくまでシュートを打ち続けた小久保がその部屋に顔を出したのは、それからたっぷり一時間は経ったあとだった。
−−お時間いただきありがとうございます。それにしても久々の大阪復帰ですね。海外クラブを含め八球団を渡り歩いた末、デビューした大阪へ。
錦を飾ってくれると期待するサポーターに見てもらいたいのは、やはり代名詞の弾丸シュートですか? 先ほども打ち込んでいましたが、強いボールを蹴る極意ってあるんですか?
「いやぁ、トラップす。ボールの置きどころっていうんすか。蹴る前のボールタッチを、足の薬指あたりで押し出すようにして、いい位置にセットする。あとはその地点に向けて蹴り足をこう、巻き付けていけばドンッて飛んでくんで。やっぱりこうキックは、というか試合全部も、準備が九割。いや九割九分くらいだと思うんで」
答えをおとなしく聴く記者の表情がすこし曇った。もっと威勢のいいことを言ってほしいのだ、国内外で「ピッチの暴れん坊」として鳴らしたキャラを本人も少しは考えてほしい、と言わんばかりに。
それで、次には少々意地悪な質問が飛び出した。
−−得点数はリーグ歴代最多を争っていますが、レッドカードを受けた数もこちらはダントツの最多です。更新の予定は?
「そこはほんと気をつけたいす。でもカードもらえるっていうことは、試合に出られている証拠でもありますよね? うん、だったらカードのことなんか気にせず、とにかくピッチに立って思い切りプレーしたいす。
とにかくオレ、このままじゃ終われないんで。試合、出たいすね」
これで来月の開幕特集号のサッカー誌には、小さいながら、
「特攻精神健在。小久保、カードも辞さず狙いに行く」
との見出しが躍ることになる。けれど小久保本人は、そんなことは気にしない。そもそも記事など読まないのだ。
それよりも、自分で最期と決めたシーズンのため、ひたすらできることはすべてやる。そんな内なる決意を固めるだけだった。