書くことの技術についての本
書くことって、だれでもできる。
だからこそ、ちょっとした技術は、覚えておいたほうがいい。
以下の二冊は、基本の書としてすごくよくできている。
どちらも古い本だけど、いい内容。受け継がれているのには、やっぱりワケがあるものだ。
『日本語の作文技術』 本多勝一 朝日新聞社
作文には技術があるよ。基本的なテクニックというか、ノウハウがあるから、それを覚えておいて使いましょうね。
というのを改めて、一冊かけて明快に説いている。それだけで歴史的な存在意義のある書物だ。精神論に傾かず、愚直に基礎テクニックを述べている本って、いまだこれしかないんじゃないか。
冒頭で、どんな作文をすればいいかがはっきり定めてあって、
「読む側にとってわかりやすい文章を書くこと、これだけである」
という。いやまったくその通り。とくに「読む側にとって」というのが大事だ。読む側にわかりやすく読んでもらえるのがいちばんだし、文章の目的はそれしかないと言い切っていい。
さてでは、わかりやすい書き方をするにはどうしたらいいか。
紹介されているのは、まず、修飾語の順番を吟味すること。
「長い修飾語は前に、短い修飾語は後に」
というのがルールとして提示される。
また、読点の打ち方も大事だ。
「テンというものの基本的な意味は、思想の最小単位を示すものだ」
とし、単位のかたまりを意識してテンを打つようルール化する。
他には、助詞の使い方や段落のつくり方にも気をつけること。
さらには、無神経な文章になっていないかつねに気を配り、文章のリズムも整え、内容は具体的なことを書くように、と注意点を挙げていく。
これら注意点はどれも、「読む側にとってわかりやすく」ということを考えていれば済む話だなと、読み終えたあとに気づくのだった。
とことんシンプルでわかりやすい。本当に役立つ技術とか、使えるノウハウって、これくらい簡潔なものじゃないといけない。
『レトリック感覚』 佐藤信夫 講談社学術文庫
「発生期には説得術というあくまでも実用的な機能を担当するつもりでいたレトリックは、やがて自分にそなわるもうひとつの可能性に目ざめることとなった。それが、おおまかに言えば、芸術的あるいは文学的表現の技術という、第二の役わりである」
言語表現法の一つである「レトリック」の成り立ちから活用法までを、一冊かけて精細に解説してくれている。
レトリックという語を使うと、「ずる賢くごまかしをするために使う手法」ととられそうで、イメージがあまりよくないかもしれないけど、西洋では二千年来の歴史を持つ言語表現法であって、ものごとのイメージをより正確かつ迫真性を持って伝えるためのよき道具なのだ。
文学作品から例を挙げれば、太宰治『メリイクリスマス』の一節。
「ふと入り口のはうを見ると、若い女のひとが、鳥の飛び立つ一瞬前のやうな感じで立つて私を見てゐた。口を小さくあけてゐるが、まだ言葉を発しない」
若い女性の立ち姿を「鳥の飛び立つ一瞬前のやう」とレトリックで表現している。描かれている情景が、くっきりと浮かんでくる。
言葉で事物を忠実に再現したり、言いたいことを正確に記述するのは、誰にだって難しい。だから書き手は、よりよく伝わるよう工夫の限りを尽くす。読み手もメッセージを受け取り理解しようと努力をする。
歩み寄ろうとする書き手と読み手のあいだをつなぐ便利グッズとして、レトリックは頻繁に使われるのだ。
本書内ではレトリックの種類と活用法が細かく分類整理されている。「直喩」「隠喩」「換喩」「提喩」「誇張法」「列叙法」「緩叙法」といったものがあって、それぞれ特質や使いどころが異なる。
先の太宰治の例は「直喩」に分類されるもの。
レトリック感覚を持っているかどうかで、言語運用の質は大きく変わってくるのだ。
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