映画『宇宙兄弟』の「場面転換」からわかること
実写映画版「宇宙兄弟」は、宇宙飛行士になって月へ行くことを誓い合った兄弟が、大人になってその夢を叶えるまでのお話が描かれる。
この兄弟は性向がまるで違うゆえ、宇宙を目指す道筋はそれぞれ異なる。弟ヒビトは一目散に月まで駆け上がり、兄ムッタはオロオロしつつも着実に進んでいく。
ふたりの対比、視線の向け方の違い、関係性の変化を軸に、今作の絵づくり、つなぎは為されている。
ラスト近くで、ふたりの立ち位置が鮮やかに逆転するシーンがあり、そこがクライマックスをかたちづくるのだけど、まずは冒頭から順に場面を見ていく。
今作の視点人物はムッタ。彼は31歳で自動車メーカーをクビになるまで、自分の「前」を走るヒビトや、自分の頭の「上」に輝く宇宙・月を、いつも仰ぎ見るようにして過ごしてきた。
・冒頭は少年時代のシーン。兄弟が夜、近所の原っぱに出かけ、小高い丘を駆け上っていく。
・開けた場所に出て、ふたりは並んで夜空を見上げる。UFOを発見!
・ヒビトは即座に「オレ宇宙飛行士になる」と決める。ムッチャンは? とふられたムッタは口籠る。
・そしてタイトルコール。
●子ども時代のシーンで、ふたりの違いがたっぷり印象付けられる。ヒビトは速い、動く、視線は前、そして問う人である。対してムッタは遅い、静的、視線は上を仰ぎ見る、そして聴く人だ。
・ふたりは大人になっている。ヒビトはフライト前の会見に臨む。前を見据えて質問に答える。
・一方のムッタ、携わってきたクルマの開発打ち切りを仕事場で耳にする。振り向く姿が映し出される。
・上司を頭突きしてしまう。クビになりハンバーガーショップの窓から外を見上げる。就活でほうぼうを飛び回る。高層ビルを見上げる。
●場面展開ごとにムッタのアップから入る。「顔芸」を見事にこなすムッタ役の小栗旬。出来事の派手さで勝負する叙事詩的作品ではなく、心理劇であることが強調されている。
・JAXAから書類選考通過の知らせが届く。その首謀者たるヒビトに電話する。ムッタは夜の狭いベランダに、ヒビトは明るい日差しの中にいる。ヒビトはあの手この手でムッタを照らそうとしている。
・子ども時代に収録したカセットテープ音源を聞き直すムッタ。ヒビトに促されて「オレも宇宙に行く」と答えていた自分の声を発見。
・子どもの頃に行った丘を上るムッタ。星空を見上げる。
・子ども時代に舞い戻る。JAXAに通い詰めるふたり。
・宇宙飛行士選抜試験の面接に臨む。帰り際、宇宙服に自分の顔を写す。
・さまざまな実技試験を受ける。終えてシャワーを浴びる。裸でケンジとふたりの後ろ姿が映される。シャワーの出るあたりから見下ろされる絵づくり。
・ちょうど試験終わりのタイミングで電話をかけてくるヒビト。画面に向けて真っ直ぐ歩いてくる。
●場面転換して映し出されるムッタは後ろ姿や横顔が多い。ヒビトは真正面からの顔が多い。
・米国へ。ヒビトの家で。サボテンの値札を外すムッタが横顔で捉えられる。
・庭で並んで月を見上げる。
・子供時代に戻る。小川に座らされ、いじめられる。いじめっ子たちを見上げるムッタ。
・ヒビトの酸素供給訓練風景。顔のアップ、正面から。
・ムッタ、ソファでポップコーンをこぼす。ソファ下から遺書を見つける。
・海沿いをランニングするヒビト。画面へ向かって走ってくる。
・出発の挨拶。ふたりの交互のアップ。
・アポを追いかけじいさんの元へ。建物屋上から見下ろされる。屋上へ上り、空を見上げる。
・ロケット発射のあと、寝転んでロケット雲を見上げる。
・一方のヒビト。無重力体験。正面からのアップ。月面に降り立つ。
・ムッタはその様子を暗くて狭い自分の部屋で見ている。
・合格通知も受け取る。喜んで家を飛び出すムッタの姿をカメラは上から俯瞰で追う。
・閉鎖環境試験。監視カメラを見上げる。いつも狭いところにいるムッタ。
・対して月面作業中のヒビト。広い光景を眺め「早く見にこいよ」と。
・ムッタにグリーンカード出る。カメラを見上げながら話す。
・月面で事故。上り続けていたヒビト、初めてクレーターへ「落ちる」。
・閉鎖環境試験の最後、ムッタは演説する。
●「俺たちはもっと宇宙の話をしよう」というムッタの言葉にグッときて、画面のありようを追うのをしばし忘れてしまった。自分がやはり言葉に惹かれながら物語を感取していることに気づく。
・ヒビト、クレーターの底の暗闇でもがく。
・その頃ムッタは閉鎖環境から出る。眩しい世界へ。
・白昼の月を見上げる。最終面接で、「宇宙飛行士として死ぬ覚悟? ないです」と。
・面接を終えると、月へと駆け出していく。カメラはその様子を俯瞰で追う。「これじゃ助けに行けねえじゃねーか」というが、思いは届く。
・ムッタの声が聞こえて、ヒビト目覚める。仰向けになって、輝く地球を見上げる。「すげーよ。ムッチャン」と泣く。光がさす。
●これまでヒビトがムッタを照らそうとしてきた。ここで役割が逆転する。今度はムッタが光となってヒビトを照らす。なんとか間に合った。
・2031年、ふたりそろって宇宙へ行くときがくる。ムッタは言う。「待たせたな」と。
●今作の場面転換は、キャラクターをより強く印象付けるために主に用いられている。
ムッタの「静」「上へ」「背後」「狭」「暗」。
ヒビトの「動」「前へ」「正面」「広」「明」。
そうしたイメージの合った絵がつくられていく。
クライマックス、ヒビトが月面で目を覚ます場面だけ、これらすべてが逆転して鮮やかな場面を形成しているのだった。
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