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日本百名湖 四 西湖

 もう暮れかかった時分に西湖へ向かった。
 人里から続く一本道から細い分岐へ入り、湖の裏側へと廻り込む。
 車を停めた湖畔には、下草と砂利が混じる浜が広がっていて、水際まで近づくことができた。 
 波がこちらの湖南側へわずかに寄せてくる。
 しゃがみ込んで湖面を眺める。真っ平の水面が対岸まで延びているのが快い。
 そしてその色が、どこまでも青い。青みの濃さでいえば、すくなくとも富士五湖のなかでいちばんだし、他の日本の湖と比べてもトップ級だ。
 富士山麓の抱かれた深い森のなか、この場所だけは太古からずっと湖で、いま見ているような抜けのいい空間が広がっていたんだろうと思うと、気分もスコンと抜けてくる。
 しゃがんだまましばらくじっとしてたら、いつもより肺のなかの息をうまく吐き切れるようになってきた。
 ためつすがめつ青を愛でながら、クニマス、ひょっこり出てこないかなと夢想する。
 西湖はここ10年ほど、クニマスのことでにぎにぎしい。
 2010年に湖内でクニマスが発見されて耳目が集まったのだ。
 クニマスとはもともと、秋田県の田沢湖にのみ生息していた魚。だが1940年、田沢湖のクニマスは絶滅してしまう。水力発電の用のため強酸性水質の玉川を田沢湖へ引き込んだことが原因とされた。
 希少なクニマスは絶滅前、いくつかの湖に卵が譲渡・移動されていた。西湖にも1935年、卵が運ばれていた。けれど西湖を含め、卵を移動させた先でのクニマス生息は確認されないままだった。
 ところが2010年、クロマスの名で知られていた西湖の固有種が、クニマスであると判明した。西湖でみごとクニマスは居ついていた。
 日本一水深の深い田沢湖に生きていたクニマスは、低い水温を好む。およそ4度ほどの水域に棲むという。西湖は水深70メートル程度で、田沢湖ほど低水温にならないと思われていたが、クニマスが棲息していたのは富士山の湧水のあるところ。冷たい水が湧き出して、クニマスにとって最適な環境をつくり出していたのだった。
 湖水の中では、いろんなことが起きているんだ。湖面をはさんで目には見えないけれど、湖内の世界が豊かであることを知るのはうれしい。湖内がかくも豊かなら、湖上のこの世界もきっと同じく豊かなものだと、信じられる気分になってくる。

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ライター。アート、写真、文学、教育、伝記など。 著書に「上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史」など。 好物はマドレーヌ、おにまんじゅう。 【Twitter】@reading_photo   info@yamauchihiroyasu.jp

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