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「若冲さん」 35   20211125

 年初から営業を差し止められた錦市場は、混乱をきたしていた。

 お達しにより開けられぬ店先には、事情を知らぬ取引先や客が押しかけた。
 ほとほと困り顔で頭を下げる店の者らの説明は、いっこう要領を得ない。
 それはそうだ、自分たちにも理由や見通しがわからぬままなのだから。

 錦の役付きの者どもは事態の収拾に駆け回った。が、首尾はよくない。
 奉行所に泣きついても、決定事項だとあしらわれるだけ。
 事を裏で操る五条市場へ押しかけても、知らぬ存ぜぬの一点張りで。

 そもそも錦の者ら、荒事はまったくの苦手である。
 御所の傍で御用達も多く「公家気取りの商売人たち」と揶揄される土地柄だ。
 これまで大した逆境も知らず、喧嘩慣れしておらぬのは致し方ない。

 手をこまねくばかりで時だけが過ぎた。いまはもう水が温み出す時季である。
 本来ならまもなく、市場は大いに活況を呈するときなのだが。
 このままでは、伝統ある錦の市場は立ち消えてしまう。五条市場の思う壺だ。 

 鴨川のほとりで隠居を決め込む我らが若冲は、我関せずを貫くのか……。
 と思えば、そうではなかった。
 たしかに年初二ヶ月は腕を組んで座し、時折りユウの報せに耳を傾けるのみ。
 が、どうにも埒が開かぬと見るや、なんとみずから立ち上がった。

 まずは弟の桝源五代目に談判し、自分が動いてみてよいかと掛け合った。
 どのみち八方塞がりだ、好きにやってくれと言質を得た。
 店を投げ出し画描き三昧だった若冲に、何か期待する者などおらぬのだ。
 ところが、である。次の二ヶ月で事態は動いた。
 若冲の打った策が、何と意外や功を奏したのである。

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