五十年間失敗し続けた男 平田靫負伝 7 尾関の痩せ我慢
尾関尚吾が詰める控えの間は、灯りすらともしていないのだから、火の気も当然ない。ここは南国薩摩とはいえ、年の瀬迫る時期の夜半は、さすがに底冷えがする。
尾関の手足の末端の感覚は、とうに消え失せている。どころか腰まで痺れてきた。
三十代も半ばに差しかからんという自身の齢を思い起こし、すっかり中年になったものだと尾関は心中で自嘲した。
尾関の全身が冷え切っているのは、彼が寒い季節も極めて薄着で通すからでもある。同僚の中には妻に命じて余り布を集め、ごてごて縫い合わせた腹巻きを着用する向きもある。
これは具合がよいぞ、腹に力が入ると評判だが、尾関はといえば頑として腹巻きは着用しないし、妻に作らせようともしなかった。
理由はひとえに、見栄えが甚だよくないからだ。分厚い腹巻きで胴を覆えば、誰しも大樽みたくなってしまうは必定。他の者がそうしているのはいざ知らず、尾関本人はそんな姿をゆめ人目に晒さぬよう気を遣っている。
長らく赴任していた江戸では、そんな不恰好な装いは誰もしていなかった。洒落者を気取るつもりもないが、武士にとり最も大切な精神性や藩としての気高さは、身なりから大体察せられるものだと尾崎には感ぜられ、せめて自身は身綺麗を心がけんと決めていたのである。