
五十年間失敗し続けた男 平田靫負伝 6「尾関尚吾という男」 20220308
尾関尚吾は丸五年に及ぶ江戸藩邸勤めを終え、昨年に藩主島津重年のもとへ呼び戻された有為の者だ。
現在は薩摩藩勝手方算用役を仰せつかり、財政を司る家老平田靫負の部下として仕えている。
宝暦三年が残すところ数日となった今宵も、夜半俄かに召集された御前会議で、上司平田の補佐をするべく城内へ駆けつけた。
とはいえ尾関は、詮議が為される主室には入れない。襖ひとつ隔てた控えの間に座し、灯りも付けぬまま、戸のわずかな隙間に耳を寄せ、内の様子を一心に窺っている。
傍目には、はしたない盗み聞きの態。が、そうではない。なんとか話の中身を把握し備忘をしたため、いつ何時も進言ができるよう想を巡らせておくのは、事務方藩士の大切な務めだ。
大の男が蹲り、幾時にもわたり襖に耳を擦りつけておるとは情けない……。
豪気な男らしさが尊ばれる薩摩の地では、そんな声も聞こえてきそうだ。いまこの時にかぎらず尾関は体面など無頓着なのが常だから、荒くれ者揃いの同僚に虚仮とされがちだ。
けれど尾関本人は、仕事に見栄えも何もなかろうと、いっこう気にしない。体裁がどんなに悪かろうと、組織の利に適うならそれでよい。自分が地べたに這い蹲って上司の役に立ち、それがひいては殿に報いることとなるとしたら、そこに理があるだろうと信じるのだった。