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ことばスケッチ 5 「疎外」

立食形式の宴席の、隅のほうの丸テーブルのもとへ、彼女がまっすぐ歩いてきた。
深い絨毯に、ヒールを持っていかれることもなく。
彼女が到着すると、丸テーブルの周りの空気が、いきなりがらり入れ替わった。明らかに私とはちがう香りを、彼女は運んできた。卓に片手をついていた彼の瞳孔が、ひと目盛り分、大きく開かれた。
間髪入れず、彼女と彼のあいだで言葉が行き交う。ふたりは職場の同僚だけに、仕事の進捗と懸念点を話しているふうだけど、話の内容はちっとも私に聞き取れない。
それで私はただ言葉のボールが移動するまま、テニスの試合を会場で観る人みたく、首を左右に振り続けるばかり。
いかにも会話に興味がある素振りだったかもしれない。でも違う。私の思っていたことはただひとつ。この距離感はおかしい、ということだけ。
なぜ私だけがレールから外れている? 彼のいちばん傍には、いつだって私がいるはずなのに。


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ライター。アート、写真、文学、教育、伝記など。 著書に「上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史」など。 好物はマドレーヌ、おにまんじゅう。 【Twitter】@reading_photo   info@yamauchihiroyasu.jp