「みかんのヤマ」 27 ヨガと心の先生 20220115
安心できる場で、ただぬくぬくしていたい。小さいころのわたしの願いは、それに尽きた。なのに父は、ちっともわかってくれなかった。よかれと信じて、いつもわたしを外へ連れ出そうとした。
思えばいまも同じだ。父がみかん山でトロッコから転げ落ちて死んだ、そのことをきっかけにわたしも、みかん山を出てさ迷う羽目になった。山のふもとでぬくぬくなどしていられなくなった。
何かを得たいなら、自分から動きなさい。そう父に促されたみたいなものだ。
それもしょうがない、もう子どもでもないのだし。
わたしは父がみかん山で転げ落ちた日、中学の教室の窓辺の席で感じたあのぬくぬくとした完璧な幸福を、きっと取り戻すことを心に誓ったんだ。そのために動こう。遠くまで歩こう。
そのためにはまずこのスタバで、別世代の集いにうまく馴染むところから始めないとだ。
そう思っていたらちょうど、心ここに在らずのわたしを現実のほうへ引き戻してくれる呼び声が聴こえた。
「みかこさんだったわよね、ね。
聴いてる? やだわあんたがいちばん耳いいはずなのにさ」
椅子ふたつ離れたところから、きれいな白髪をしたおばあさんがわたしに話しかけてくれていた。
「ね。ヨガのほうがいいんでしょ、若い人は。朝ヨガにもいらっしゃいよ」
話の流れが見えなかったが、どうやら公園内の別の場所で毎朝、ヨガの集いもあるらしい。そちらへのお誘いだ。
「明日からいらっしゃい。私もいるし。ヨガは心にもいいんでしょ、中井先生?」
おばあさんは「心の先生よ」と、同席していた中井先生も紹介してくれた。
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