林典子『フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」--60年の記憶』 〜トタン屋根書店で見つけた本〜
話題になることはめっきり少なくなったといえ、1959年から84年にかけて、在日朝鮮人帰国事業がおこなわれていたのは歴史的事実です。夫に同行して朝鮮民主主義人民共和国に渡った「日本人妻」たちは、現地でどんな暮らしを営んできたのか。いま何を想っているでしょうか。
それを知るための一冊がこちらです。と店主が出してきたのは、林典子の6年間にわたる取材成果をまとめた『フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」--60年の記憶』。
これは岩波新書なので、基本的には文章を中心に一冊が展開されており、その途中にポツリポツリと写真が差し挟まれていきます。林が撮影した作品の掲載点数はかなり抑えられているのですが、不思議なほどに文章と写真の分量バランスがよくとれていると感じられます。
その理由はおそらく、林の撮る「日本人妻」たちのポートレートが、一枚ずつひじょうに鮮烈だからでしょう。モノが少なく質素ながらよく整えられた部屋で、老人が佇んでいます。その容貌はみなさん凛として、鈍い光を放散しているかのよう。これまで過ごしてきた長い時間が、小さい身体に凝縮して詰まっているような感じです。
カメラの前に立つ緊張感よりも、自身の来し方行く末を知ってもらえる安堵と誇りがまさった表情はすばらしい。撮り手と被写体の関係性がきちんと結ばれていることが窺えますよ。
一人ひとりの「日本人妻」と会いに行く道程、実際に会って話しているときの様子、そしてもちろん会話の中身を、林は端正な文章で記録していきます。一枚のよきポートレートができるまでには、こんないろんなことが起こるのですよ、と示すかのように。写真と文章が本分を尽くして、ひとつの見応え読み応えあるドキュメンタリーを成しているのです。
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