「若冲さん」 19 20211109
四代目よ、在家のまま仏門修行する「居士」になれ。居士の証たる仏名も、いますぐ授けてやろう。
ゆったり座した大典禅師がそう告げた。
真向かいで耳を傾けていた四代目は、言葉を返すどころか、咄嗟に何の反応もできなかった。意味するところを掴めていない様子で。
「わからんか? つまりだ」と、大典が語を継ぐ。
おまえさんが形ばかり継承している家督など、とっとと弟にでも譲ってしまえ。少々早いがみずから隠居の身となり、これからは居士になると言いふらすのだ。さすれば、生活のほとんどを仏の道を悟るために使って、誰も文句は言わぬ。
仏道修行のあり方はさまざまで、座禅を組むばかりとは限らず、画業に一意専心するのも立派なひとつの形だ。仏に捧げるために描いているとでも言えば、むしろなんとよき心がけかと誉めてもらえるくらいだろう。
大典の説明を聴くうち、四代目の顎はすこし上がり、視線が宙をさまよったかと思うと、鴨居の一点を睨みつけるようにして定まった。すこしは思考が回り出したか。
して、仏名だがな……。
四代目の返事を待つまでもなく、「こんなのはどうだ?」と大典が話を進める。
「老子の言葉に、こうある。大盈は冲しきが若きも、其の用は窮まらず。
充満しきった状態とは一見、空虚に見えるがそうではなく、どこまでも尽きず満ちている。と、そんな意だ。
よくわからんか? それでいいんだ。我は禅師ぞ。禅師の言葉がそんな単簡にわかってたまるものか。
で、老師の言から二文字、若と冲を頂戴し、若冲というのでいかがか」
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