「セールスマンの死」12 20211010
セレモニーホールまで歩くのに、結局三十分ほどもかかった。遅刻だ。
私が着いたときには、もう読経が始まっていた。家族葬をうたう施設なので、朗々とお寺さんの声が響く部屋はずいぶん小さい。それでよかった。参集者は母、それに急ぎやって来た態の近くに住む母の姪。それに私のみだったから。案内係やら受付やらと、人数はスタッフのほうが明らかに多い。
私は母の隣に座を占めた。途切れず発声し続ける坊さんの斜め後ろ姿を漫然と眺める。悪くない声だ。声量もなかなかのもの。
どこか聞き覚えのある気がしつつお寺さんのうなじの髪の生え際を眺めていると、いきなり高校時代の気怠い授業中の教室が思い起こされた。二、三列前の席に、いま目の前で読経しているうなじが座っている。派手な橙色の袈裟を白いワイシャツに替えて、おとなしく授業を受けているのは同級の山本くん。
たしか彼はお寺の息子だった。そうか、あのあと立派に家を継いだわけだ。
同級生が住職として葬儀で読経を務め、死者を送る役目を立派に担っているのだな。そういう年頃かと改めて感じた。
ひょんなところで友人知人とすぐつながってしまう、そういう田舎の「狭さ」が以前はイヤでしかたなかったが、いまはそうでもない。故郷の駅に着いて以来ずっとどうにも落ち着かない気分だったけれど、山本くんのうなじを見たら、自分の居場所をつくる「よすが」になってくれそうでちょっとうれしかった。
長い読経が終わった。山本くん、いや住職は向き直り、滞りなくお務めをさせていただきました云々と手短に挨拶し、控えの間へ下がっていった。重そうな袈裟を引きずり進む山本くんを見つめ目配せしたが、彼はいっこう態度を変えずそのまま歩み去った。
さすがに気づきやしないか。まあもし気づいたとしても、あの場で「よお、よお!」となるわけにもいかない。泰然とやり過ごすのが住職としての正しい選択だったろう。
このあと故人への最後の挨拶を済ませたら、棺の蓋を閉じると係の人が告げた。
壇下に置かれた棺をいったん開け、遺体のまわりに花と手向けのものを詰めるよう言われる。
骨と皮だけになってすっかり萎んだ父の身体は、棺の中でずいぶん小さく見えた。用意された花を肩口あたりを中心に置いていくが、スペースが余ってしまって困る。
すこしなら入れていいそうだからと言いながら母が、故人の愛用品として棺に納めようとしていたのは、ワンカップの焼酎と350ミリのビール缶だった。よく燃えそうだなと思いながら、父の手元あたりに母が瓶と缶を置くのを黙認した。
ではよろしければそろそろ……、と係の人が声をかける。
オロオロした母がもう一度父の顔のほうへふらり寄っていき、彼の髪やら頬やらをペタペタと撫で始めた。
「つらかったですねぇ……。でももう安心ですねぇ……。大好きだったお母さんのもとへ行けるんですねぇ……。すぐ、じきに」