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創作論4 読者を誘惑したい! そのための「出だし」や「人物造形」のこと
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創作論4 読者を誘惑したい! そのための「出だし」や「人物造形」のこと

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記憶の中から掘り起こす創作論の3回目。
読者をなんとか誘惑する方法を考えてみよう。


たとえば夏目漱石作品の書き出しを、ズラと並べてみる。真っ先に気づくのは、ひとりの作家が残した作品群とは思えぬほどに、文体スタイル内容が多様であることだ。

日常の人づきあいで第一印象が重要なように、作品だって出会い頭の印象はたいへん重要。
書き出しで、しかと読者をつかまないといけない。
小説を読む(書く、も同じ)とは、これまで知らなかった新しい登場人物と、ごく親しい関係になる体験だとも言える。作品世界は、官能的な出会いの場だ。
出だしでガツンと、読者を魅惑的な出会いへ誘い込もう。

 吾輩は猫である。名前はまだない。
(「我輩は猫である」夏目漱石)

 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。
(「草枕」夏目漱石)
といった漱石作品のインパクト、名調子、バリエーションの豊かさは最高峰として、他にも古今東西の名作はどれも、冒頭のつかみが秀逸。たとえば……。


 私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。
(「キッチン」よしもとばなな)
 ふつうの感覚からのズレを、おもいきり誇張してある。
 そもそも人に何かを伝えようとするとき、情報にしろ想いにせよそれが相手に100%伝わることなんてあり得ない。いつも目減りするものならば、ハナから5割増しくらいにしておくのがいい。ましてや出だしなら、何倍も誇張して語り出してしまうくらいでちょうどいいのだ。

 きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない。
(「異邦人」カミュ)
 え、そんなこともわからないの? と思わせるくらいにハッタリを効かせてちょうどいい。

 朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、「あ」。と幽かな叫び声をお挙げになった。
(「斜陽」太宰治)
 こちらはやや驚きが小さいけれど、何に対しての「幽かな叫び声」なのだろう? とは思わせる。そのあと別の話に移っていって原因をしばらく明かさないことで、さらにうまく関心を引っ張っている。戦地に赴いた息子のことを思い出したのだと、ずいぶん話が進んだあとで明かされるのだけれど。


 出だしから一挙に読者を誘惑するための方策をひとつ挙げる。
 受け身型の人物をつくるのは、有効な手段となる。
 ここでいう受け身型とは、行動や考えが消極的というのとはちょっと違う。
 何か異様な出来事が起きたとき、ごちゃごちゃ意味づけをしたりせず、その出来事に動かされる。自分の考えに固執するのではなく、外から入ってきたものを素直に呑み込んでしまうような。考えるより先に流され動いてしまうタイプというか。
 そういう人物を設定すると、行動や状況をどんどん動かし、それを描写していくことができる。端的にそのほうが読んでおもしろいし、作品世界の独自の法則へ読者ごと引き込みやすくなる。
 自分の価値観を押し出す人物を据えると、どうしても説明が多くなってしまうので、それは避けたい。のちに述べるけれど小説は「説明」と「会話」と「描写」から成っていて、できるだけ「描写」を中心にかたちづくるのが好ましいのだ。

 夏目漱石『夢十夜』やカフカ『城』のように、描写だけを異様に肥大させると、「これどうなってんの?」「これどうなっちゃうの?」といった感を強く打ち出せるのである。
 作品内の遠近法や常識は、日常のそれとは違うのだし、違いを明確にすればするほど、読者の興味を惹くのだと肝に銘じたい。


「受け身型」のさらなる利点を。
 受け身型の人物は先入観を持たないから、眼前で起こる出来事を刻々とありのままに受け止めていく。そのさまを丁寧に描写すれば、「異化の視点」を持った描写として、何事も新鮮な驚きを伴って書くことにつながるはずだ。

「異化」とは、見慣れたものを違ったふうに、初めてそれを目にした者のようなまっさらな心境から、描写すること。たとえば『吾輩は猫である』で語り手の猫が初めて人間を見たとき、
「毛を以て装飾されるべき筈の顔がつるつるして」
いると驚く。これはまさに異化の視点からの描写だ。

「異化」作用は、文芸批評でいうロシアフォルマリスムが提示した考えで、シクロフスキーという人は大意こんなことを言っている。石ころをただ「石」と書けば、よく知っているものとして人の頭の中でその言葉は「自動化」され、簡単に読み飛ばされてしまう。石という言葉を使わずにそれを描写すれば(異化)、石を真に石らしく表現することができる、と。

毎朝、生まれ直したかのように世界を眺められたら、きっとあらゆることが新鮮さと驚きと歓びに満ち満ちて感じられる。
現実世界でそれができないとしたら、せめてフィクションで、作品世界の中で、実現すればいい。


主人公をどう設定するかを考えるときは、どんな見栄えで何の職業で……と決めていくのもさることながら、どんなタイプの人物で、その人は世界をどう見ているのかについても、ぜひ思いを馳せなければ。

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ライター。アート、写真、文学、教育、伝記など。 著書に「上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史」など。 好物はマドレーヌ、おにまんじゅう。 【Twitter】@reading_photo   info@yamauchihiroyasu.jp