大人の教養としてのアート入門 8 仕上げで実地に作品を観に行く!
西洋と日本の双方で、アートの全体像を駆け足で巡ってきました。言及したのは時代を画す巨匠とその作品ばかりなので、なんとなく見覚え・聞き覚えがあることも多かったのでは?
それら画家・作品それぞれのつながりが見えてくると、「なるほどわかった!」と思えます。流れを読む。文脈を知る。それがアートをいっそう楽しむポイントです。連載でもその点に注力してまいりました。
ですから、これまでの回を読んでいただいていれば、それだけでもう、「アート? 西洋美術も日本美術も、だいたい知ってるけど」と言い切って、まったくかまわないと思いますよ。
今回はもうひとつだけ、アートを知るために必須のことを挙げておきたく思います。それは、実物に触れること。世界でただひとつのオリジナルである。それが、あらゆるアートの価値の源泉です。
アートの世界がすばらしいのは、そうしたオリジナルに接触する機会が、積極的に設けられている点です。それは主に展覧会というかたちで実現されますね。アートを知る仕上げに、ぜひ展示へと足を運びましょう。
ハズレのない展覧会の選び方とは
展覧会と名のつくものは、世で無数に開催されています。テレビCMまで打って大々的に宣伝され、入場するのに行列しなければならない大型展もあれば、小さいギャラリーでひっそりと開かれ、足を踏み入れるのにたいそう勇気のいる展示だってあります。
はて、どれを選べばいいのか。ハズレのない選び方をひとつご提案しましょう。「常設展」に行けばいいのです。多くの美術館には、収蔵品を見せるための常設展示室があります。よく話題となる企画展を開くのとは別の場所が、ちゃんと用意されているのです。
美術館の本来の役割は、美術品の収集、保存、研究、展示です。良心的な美術館であれば、アイデンティティを賭してコレクションを形成し、それらをいい状態で観てもらうことに腐心しています。その成果たる常設展に注目せずして、他にどんな観るべきものがあるでしょう。
それに、考えてみてください。パリならルーブル。ロンドンでは大英博物館。ニューヨークは近代美術館(MOMA)。海外旅行ではみなさん、世界的な美術館を観光ルートへ組み込みますね。そのとき観ているのは、各館の常設展示です。国内の常設展示にだけ目もくれないのは、なんとももったいない話です。
では、日本ならどこへ行くか? 東京の上野公園がオススメです。お花見やパンダのみならず、上野の杜は明治の昔から、日本有数の「美の殿堂」でもあります。敷地内に東京国立博物館、東京都美術館、上野の森美術館、国立西洋美術館、国立科学博物館が点在しています。ひとつの公園内にこれだけアート関連施設があるなんて、世界的にも類例がありません。
モネ、ゴーギャン、セザンヌも見られる美術館
そのうちから、まずは国立西洋美術館へ。
ここには充実の常設展示があり、整然と時代順に各作品が並べられています。ひと通り巡れば、西洋絵画史を目の当たりにした! と実感できること請け合い。
収蔵品のなかで最も古いのは、14世紀に描かれた《聖ミカエルと龍》。イタリア・トスカーナ地方の都市シエナで活動した、シエナ派の画家による作品です。 そこから始まってルーベンス、クールベ、マネら時代を代表する画家の絵を次々に目で捉えながら進んでいきます。と、展示の白眉ともいうべき一室へ行き着きます。視界がいきなり明るく開けたような感じ。かの印象派画家、モネの作品を集めた部屋です。
何気ない風景をたっぷりの光のもとに描き出す。そんな印象派の作風をよく示す《陽を浴びるポプラ並木》などの作で壁面が埋められ、身を置いているだけで陶然としてきます。
とりわけ目を惹くのは、第3回でも紹介した彼の代表作たる《睡蓮》です。
晩年のモネは自宅の庭に池をつくり、睡蓮を浮かべて繰り返し、繰り返しそれを描きました。そうしてできた連作のうちの一枚。《睡蓮》は何しろ作品数が多いので、優品もそうでないものもありますが、こちらにあるのはかなりできのいいほうであること、保証します。
モネの部屋のほかにも、ゴーギャン《海辺に立つブルターニュの少女たち》、セザンヌ《ポントワーズの橋と堰》、それにピカソの作品なんかも常設展示として一挙に観ることができます。
いつでもふらり立ち寄れば、これほどの西洋美術の粋に出合えるとは、なんてありがたいことなのでしょう。
日本美術を観るならば
もう一件、東京国立博物館にもぜひ。こちらもいつだって、広大なスペースで常設展が催されています。
本館の1階は「ジャンル別展示」。彫刻、漆工、金工などに分かれ、各分野の最良のものが集められているので、思わず見惚れてしまいます。
そして2階が「日本美術の流れ」と題された展示。その名の通り、時代を追って名品の数々をたどれます。
会場に入るとすぐ、縄文時代の《火焔型土器》と対面します。教科書でおなじみ、縄文土器の実物を間近で観るのはおもしろい体験です。
絵画に絞れば、平安〜室町時代にかけてのものでは、仏教経典を絵画や工芸技術の粋を集めて彩った装飾経、物語絵巻、水墨画など。安土桃山〜江戸時代にかけては、武家の居住空間を雄壮に飾った襖絵や屏風絵、それに浮世絵まで。バラエティに富んだ品々が観られます。絵画表現が時代とともに移ろっていくさまを、はっきり感じ取れる展示です。
ここでは個別の作品名を挙げませんが、それはこちらの常設展示では長期にわたり展示される作品が少ないゆえ。大半の日本美術は、長期展示に適さないのです。
絵や書はとくにそうですが、日本の美術品は和紙や絹などの支持体に、自然由来の絵具などを用いて描くことが多い。どの素材も温度や湿度、強い光などにめっぽう弱いのです。ですから公開して展示するにしても、作品そのものが受けるダメージを最小限に抑える必要と配慮が常に必要となるのですね。
国立西洋美術館と東京国立博物館。ふたつの常設展を観て回れば、西洋美術史と日本美術史の双方を丸ごと理解できます。
そうですね、ここはがんばって半日分ほど時間を空けていただいて、連載で書かれていたことを頭の隅に置きつつ一気に巡ってみてください。帰路につくころには、何かまとまった「知と美の体系」が頭に組み込まれたことを、きっと実感しているに違いありません。
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