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「若冲さん」 27   20211117

 相国寺の広間に若冲が並べた自作の画は、全部で三十幅あった。

「これまた、ずいぶん生んだこと……」
 見せつけられた大典禅師が口を開いた。
 ふだんは高僧らしく言葉にきっと含みと深みを持たせるのに、いまはただ真っ直ぐ感嘆を漏らす。

 大典が驚かされたのは、室内を埋めた画の物量ではない。
 ありとあらゆる動植物がここでいきなり解き放たれ、眼前に踊り出るさまを幻視させられた。
 そのことに、たじろいだ。
 まるで寺内が一瞬にして、京の都が建立される以前の太古の森に還ったかのよう。

「そう感じていただけたなら本望」
 と応じる若冲が続けて発した語に、大典はまた心を揺らされた。
「これらすべて、この場で奉納させていただけませんか」

 この混沌とした「生の渦」の大群を、我らが寺にいますぐ寄進するとな?
 ありがた迷惑な……。
 こんなものを手近に置いたりすれば、生きものどもの力にあてられて落ち着かぬ……。
 と大典は一瞬考えた。
 が、そんな無碍にするわけにもいかぬと思い直し、たしなめる態の言葉を投げた。

「お前が画を描き出して十年。修練を始めたころから数えれば二十年も経とう。
 描き上げた画はこれがすべてだろう? 丸ごと手放していいのか?
 寺からは対価も何も渡せぬのだぞ」
 

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