「みかんのヤマ」 2 完璧な幸福 20211221
うん。完璧に幸せだ。いま、まさに。
教室の窓際の席に座りながら、そうおもった。
三限と四限のあいだの休み時間。机のうえに放り出した腕に頭をのせ、窓の外をぼんやり眺めていただけなのだけども。
陽気のせいかな。
今日から十二月というのに、陽差しはまだじゅうぶん力強い。大きな窓の内側で温められた空気が、わたしにひたひた降り積もる。じっと埋もれたままでいると、温気は制服を軽々と通り抜け、身体の中までぐいぐい入り込んでくる。
ついでに、そこらじゅうに生るみかんの甘ったるい匂い、グラウンドの向こうでたゆたう海水の潮っけ、あれやこれやも浸透してきて、自分が溶けてまわりと一体になってしまいそうだった。
意識が遠のく。気持ちいい。ずっとこの温い世界に潜り込んでいたい。
ただ、ちょっとあぶない気もした。戻れなくなりそうで。
意思でちゃんと身体が動くか確認したく、視線よ上がれ! と念じてみる。
わたしの眼球はまだ言うことをきいてくれて、左上へぐるんと回転してくれたのでよかった。
瞼を押し上げたわたしの両眼がそのとき捉えたのは、やっぱりみかん山。
ここらじゃどこにいても、いつだってそれが視界に入る。教室はもちろんグラウンドでも、通学路でも、家のどの窓からも。とくに収穫時期なんて、一斉に生る実の肌が反射して、眼に映るすべてが黄金色に染まってしまう。
いまもほら、ショートにしたわたしの髪が机の上につくっている影、それすら真っ黒なんかじゃなくて、オレンジ色がかっている。
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