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書くことと読むことの技術 についての本

「文章予測」 石黒圭  角川ソフィア文庫


人はつねに予測を働かせながら文章を読んでいる。
読んでおもしろい文章とは、1行ごと1文ごとに、予測が盛んに湧き起こる文章だ。
「それでそれで?」「だれのこと?」「そんな……どうなっちゃうの?」などなど、この先に何が待っているのか、想像をたくましくしてしまうような文章がいい。


予測には2種類ある。
まず「深める予測」。いつ、どこで、誰が、何を、なぜ……といった情報のうち、何らかの欠落があって、それが気になる。
たとえば村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の冒頭。

「エレベーターはきわめて緩慢な速度で上昇をつづけていた。おそらくエレベーターは上昇していたのだろうと私は思う。」

場所を明示しないことで、これはいったいどこなの? という予測や引っかかりが生じる。


つぎに「進める予測」。作中人物になりかわり没入して、その瞬間の視野や心境を正確に書く。1秒先を知らないその場の人間と同調した読者は、次がどうなるのか知りたくなる。
たとえば、小林多喜二『疵』。

「娘は二、三ヶ月も家にいないかと思っていると、よく所轄の警察から電話がかかってきました。お前の娘を引きとるのに、どこそこの警察へ行けというのです。私はぎょう天して、もう半分泣きながらやって行くのです。すると娘が下の留置場から連れて来られます。」

「ところがお湯に入って何気なく娘の身体をみたとき、私はみるみる自分の顔からサーッと血の気の引いて行くのが分りました。私の様子に、娘も驚いて、「どうしたの、お母さん?」といいました。」

母親の動揺に自分の心理が同調すると、母と同じく事態の先行きを知りたくなる。


ほかにも予測はうまく使うと、こんな効能がある。
まず、タメができる。
情報を提示する順番を吟味することで、読み手の「知りたい」欲求をうまくコントロールする。
たとえばアニメ映画『ルパン3世 カリオストロの城』のラストシーン。

銭形「くそー、一足遅かったか! ルパンめ、まんまと盗みおって。」
クラリス「いいえ、あの方は何も盗らなかったわ。私のために戦ってくださったのです。」
銭形「いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました。」
クラリス「……」
銭形「あなたの心です。」
クラリス「(笑顔になって)はいっ!」
銭形「では、失礼します。(ウインク)」


また、行間を読ませることもできる。
その場面における心理や真理は、書き手にも登場人物にもわからないことがままある。
そんなときは、状態や行為だけを書いて、あとは読み手の勝手な予測にまかせてしまってかまわない。それを称して行間を読ませると言う。
たとえば、三島由紀夫『金閣寺』。燃え盛る金閣寺を目の当たりにして、主人公は、

「木の間をおびただしい火の粉が飛び、金閣の空は金砂子を撒いたようである。
 私は膝を組んで永いことそれを眺めた。」

彼がどんな気持ちで燃える金閣寺を見つめているのかはわからない。彼の姿をどう受け取り解釈するかは、自由な予測に任せればいいのだ。


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