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1 一発逆転

 おつかれさまです。猛急案件ゆえSlackにてご連絡のほど。
 まずは何も言わず、添付の草稿を読んでもらっていいですか?
 ちょっとすごいネタが転がり込んできたもので。
 レオナルド・ダ・ヴィンチ。わかりますよね? あのルネサンスの。かの《モナ=リザ》の。
 その《モナ=リザ》を、彼がいかにして描いたか。生々しく記した史料がね、見つかったんです。
 あ、これまだ発表されていないので、ご内密に願いますよ。
 《モナ=リザ》って「謎めいた微笑」だとか、とかく謎が強調されるじゃないですか。それには理由があって、極端に史実が少ないんです。いつどのように描かれたのか、じつはほとんど明らかになっていない。絵のモデルになった女性すら、いまだ諸説入り乱れて確定できない有り様ですから。
 ああ、それなのに。今回見つかった手稿ときたら! レオナルドの心境までが、赤裸々に綴られているのですよ。
 しかも。《モナ=リザ》の完成に、日本の美が大きく寄与したことまで明かされてます。
 あの微笑みのお手本になったのが、じつは能面だった! というんですよ。そんな話、今まで聞いたことありません。言われてみればお能自体が、ずいぶん謎めいていますけれどね。いや、実際には僕も舞台を観たことはないんですけれども。
 ともあれそんな史料が九州で発見されて、ラッキーにもそれをいち早く実見できたところです。
 これをうまく料理して、ドンと記事にしたい。
 どうです? いけると思うんですよね。
 いつになく前のめりだなって? そりゃそうです、自分としてはこれを渾身の一手としたい。
 それだけ切羽詰まっているんですよね、正直なところ。
 僕が日頃ライターとして扱うアートのジャンルって、バズれる話題なんてほぼないじゃないですか。ましてや世の中がこんな状況になってこのかた、アート界は死に体ですよ。不要不急の最たるもの。そういうのがやっぱり、アートに対する世間の見方なんだなって痛感します。
 オンラインでやってる僕のレビュー連載なんかも苦境ですよ。取り上げるネタは見つからないわ、ページビュー数は伸びないわ……。散々です。
 無理が生じるくらいならしばらく休んだっていいぞ。編集部はそう言います。いやいや、罠ですよねこれ。言う通りにしたら、そのままフェイドアウトさせられて終了のパターンですよ。
 アートの記事なんて所詮は埋め草。PVや売上への貢献なんて期待されちゃいない。いつも打ち切りリストの最上位というわけです。
 ならばここはひとつ、レオナルド・ダ・ヴィンチの特ダネで一発逆転! そう考えた次第です。
 エージェントの側から見たって、そのほうがいいでしょう? 平時からただでさえ鳴かず飛ばずで、ご迷惑かけっぱなしなのは僕だって承知でございますよ。
 ピンチをチャンスに変えて、恩返しできたらなと殊勝にも思っているのです。
 それで今、ちょっと出てきちゃっているんですよね。遠出は誉められたことじゃないのでしょうけど、鹿児島まで。手稿が見つかった地で、現物を前にご連絡しているところです。
 鹿児島のどこなのかって? ここは坊津という港町。相当に鄙びた土地ですよ。
 この海沿いに、密貿易屋敷と名乗る史跡があります。
 坊津は古来、海に開けた日本の玄関口でした。奈良時代に鑑真が上陸したのは坊津ですし、その後も大陸との貿易拠点として大いに賑わってきた。
 ところが江戸時代に鎖国が始まると、表向き坊津の機能は全面閉鎖。ただし土地の支配者島津氏の庇護のもと、裏貿易はむしろ盛んになりました。
 その際の拠点が、この密貿易屋敷だったそうで。外観は一階建てなのに、じつは広い二階が造られている。そのスペースを内緒の荷の積み下ろしに用いたそうな。
 屋敷は昭和の頃から、史跡として公開されてきました。しかしこのご時世です。ささやかな観光地たる坊津に人が集まるはずもない。先の見通しが立たぬと、主人は施設を閉じる腹を固めました。
 そこで収蔵品を洗いざらい整理していたところ、行李の奥から古い手稿が出てきたのだとか。
 僕は以前にこの屋敷を取材したことがあったので(かなり熱心に主人から話を聞いて、小さい記事にまとめた)、
「こんなの出ました、興味があれば」
 と、先方より連絡をいただけたのでした。
 それで現地へ駆けつけて、ブツを矯めつ眇めつ眺めているというわけで。書物の体裁などについてほうぼうへ確認をとったところでは、十六世紀のものであることは確かなよう。
 手稿にはかなり赤裸々に、《モナ・リザ》を描くレオナルド・ダ・ヴィンチの心情が書き込まれています。けっこうクヨクヨしたりして、情けない部分もあったりしましてね。歴史上確立された人物像と、ズレる部分が大いにある。
 このまま発表していいのかどうか。すこしは加減して、現行のイメージにある程度は沿わせたほうがいいのか……。悩みどころがけっこう多いのですよ。
 ご一読のうえ、ひとつアドバイスいただけますれば。とりいそぎ、よろしくお願いします。



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