「見果てぬ海」田川基成 〜トタン屋根書店で見つけた写真集〜
書棚に、佇まいのいい背表紙を見つけた。
引き出して、ゆっくりページを繰っていった。
なんて好もしい本だろう。丁寧にひとつずつ、光景を眺めて捉えて、写真に収めてある。
撮影地は、長崎の小さい島。作者の故郷であるという。
海の青に山の緑。食卓には新鮮な魚と野菜が並ぶ。豊かで健やか、隅から隅まで清らかだ。
作者が島を出てからはずいぶん月日が経つようだけど、見るものすべて、島にいたころとまったく変わらないんだろう。その変わらなさに喜びを感じながらシャッターを切っているさまが目に浮かぶ。
人がひとり生きているあいだの年月くらいじゃ、何も変わったりしない。土地に流れる悠久の時が一枚ずつにも写り込んでいて、それがいつまでも目を留めていたい写真と思わせる所以になっている。
この被写体の土地ははとくに自然も文化も豊かですてきなのはたしか。ただ、誰の故郷だってほんとうは豊かな場のはずで思い出の土地に立てば誰の眼にも、このうえなく鮮やかな光景が映るものだろう。ただし、たいていの人は、そんな自分にとってかけがえのない美しい光景を、ちゃんとかたちにして残す術を持っていない。せいぜいできるかぎり心に留めようと、じっくり目の前のものを眺め尽くそうとするくらいで。
本書の作者のように、写真機を手元に持ち、その扱いに長けている人は幸いだ。伝える術、残す術を有しているのだから。
本書の作者は、自身が撮る人であることの幸運をしっかり噛み締めながら、これらの写真を撮っているんじゃないか。そんな気がする。
「見果てぬ海」田川基成 赤々舎
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