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第十八夜 『江戸の読書会』 前田勉

 日本人の「学び好き」は、筋金入りだ。

 江戸時代から身分を問わず書物に親しみ、藩校から寺子屋までたくさんの学び場が世界に先んじて整備されていた。

 藩校は世間の上層階級たる「士」世界の子弟が通う場だった。「士」の世界といえば、将軍を頂点とする鉄壁の盾の人間関係が構築されていた。そこには細かい立場の規定があり、それを超えた討論など基本的には成立しない。

 が、藩校でおこなわれる読書会「会読」の場では、立場序列に関係なく討論することが勧奨されていた。

 また会読には、娯楽の側面もあった。一冊のテキストを車座になって討論するということが、大人の知的な遊びとして認められていたのだ。

 ホイジンガ〜カイヨワによる「遊び」論に則していえば、日常生活の外にある一つの自由な活動が遊びであり、それはどんな物質的利害関係とも結びつかず、なんの利得ももたらさない。規定された時間と空間の中で決められた規則に従い、秩序正しく進行する。その中にこそ、生の充溢があると感じられたのだ。

 会読は、まさに当時の武士階級にとっての正しき「遊び」だった。

 厳しい身分制の社会の中で、何かしら生きた痕跡を残したい。そうした思いが当時の人たちの根源にはあったよう。しるしを残せる創造的な場として会読は存在し、そこでの自由は大切に、脈々と受け継がれていたのだった。

 江戸という時代の、またそこに生きた人たちのイメージが大きく揺さぶられる。というか、ぐっと身近になる一冊。世界の見え方を変えてくれるものって、貴重だ。


江戸の読書会

前田勉

平凡社


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