「みかんのヤマ」 18 松山の専門学校 20220106
うちの畠を、きっと取り返してやる。いや、それどころじゃない。
みかん山の丸ごとを、あんたから奪うよ。
なめるなよ。ざけんな、山の王。
更生施設で長い「お務め」を果たすあいだ、わたしの脳裏にあったのはそんな言葉だけ。頭のなかにしまっていただけじゃない。夜寝る前と朝起きたときには、必ず小声で唱えるようにした。自分の目的を刷り込み、忘れないために。
ただし、まわりには絶対悟られぬよう、細心の注意を払った。そんなことを考えているなんて、おくびにも出さない。恨みや復讐心はここじゃ、何より忌み嫌われる。そういう心を持っているうちは、更生もままならぬとみなされてしまう。
ただでさえわたしは、父を亡くし自暴自棄となり、無免許で自宅の車を運転して事故を起こし、同乗の母を死なせたという、なかなかの「札付き」とされていた。施設での態度も悪いとなっては、いつ出られるかわかったものじゃない。
努めて冷静さを保ち、優秀裏に「務め」を終えたわたしは、保護司の方に保護観察をしてもらいながら、松山市内で暮らすこととなった。
山に帰れるか、そうでなければ最寄りの町に落ち着けるかとも思ったけれどそうはいかない。わたしのようなケースでは、過去を知っている人たちとある程度の距離をとらないといけないみたいだ。
わたしは松山で、実地に仕事をしながら技量を学べる鍼灸・整体・マッサージの専門学校に通わせてもらえた。そこはおまけに寮まである。至れり尽くせりだ。
紹介してもらえそうな仕事と学びの選択肢は意外や豊富だった。料理の修行、水産工場、プログラミングなんかも。中からわたしは、自分の技量を伸ばし蓄積できるるものより、人に施し喜んでもらえるものをとの基準で、就く仕事を選んだ。
すべては、みかん山を奪い取るため。
それにはまず、人の心を掴むに長けた人間になりたいのだ、わたしは。