「若冲さん」 47 20211207
「その長紙も入り用になるな。すまんが、持って付いてきてくれるか」
若冲に問われたユウは、当たり前の務めじゃないですか、いちいち訊かないでください。
と思ったがそのまま口にはせず、こくりと頷きながらはい、とひと言だけ返した。
錦通りを離れたふたりは京の街を北へ進み、御所の脇を抜けて相国寺まで出た。
さっそく大典禅師に面通しを願う。案内された室には師が難しげな顔で坐していた。
何か若冲に不満でもあるかと思えば、大いにあると禅師が言う。
「ずいぶん久方ぶりではないか。画を寄進して以来、お前さんはちっとも寺に寄りつかぬ。
顔を見せぬのなら、もうそろそろ居士の名を剥奪しようかと思っていたところだ」
差し迫る用向きもなかったもので。
平然と返事をする若冲の態度に、背後で控えるユウのほうが慌ててしまった。
これからお願いごとをするというのに、そんな不遜に出ていいんだろうか……。
ユウの心配をよそに、若冲は言を重ねる。
「だが今日は急に、用向きができまして。
先般お預けした三十幅の画、お戻しいただきたいのです」
罰当たりめ! などと言われるかとユウは肝を冷やしたが、大典は顔色も変えず言う。
「いったん仏様の前に差し出した品を、取り戻したいとな?
そんな申し出をする輩は見たことも聞いたこともない。よほどのワケありか?」
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