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「演ずるひと」のこと 上白石萌歌の場合

山内宏泰  公式サイト

「演じる」って不思議だ。だれかになりきって時を過ごすことを、なぜこれほどわたしたちは好むのか。そこにどんな魅力や魔力があるのか。かつて聴いた言葉から探ってみたい。
上白石萌歌の場合はどうか。彼女が舞台に立つときは、その空間に観客とともに、「緊張の糸」を張り巡らせるのだという。
 
 話を伺った2020年、上白石萌歌は舞台『お勢、断行』で、晶という令嬢役を演ずるべく稽古中だった。
 過去の時代を生きたお嬢様になり切るため、聞き慣れない言葉、言い回し、所作を使いこなそうと心を砕いているのだという。その様子がずいぶん楽しげだった。
 古風な言い回しを口にしていると、現代の言葉とは違った独特の美しさや、やわらかさを感じられるようになっていった。揉み合うような激しいシーンでも、言葉は凛として美しいままだったりして。そんな新しい感覚の発見を伴うから、役づくりはおもしろいと目を輝かせた。

 彼女は12歳のとき、テレビドラマでデビュー。以来、いつも何かを演じ続けてきた。新しい役と出会うたび、自分が更新されていく気分になるという。演じる人物から新しい感情を教えてもらい、役を演じるたびに「自分の中にこんな感情が眠っていたんだ」と驚いてしまう。これまで演じてきたいろんな役から教えてもらったもので、いまの自分という人間ができているんだ、とも。
 もともとは人見知りで、人と会話もうまくできない子どもだった。もしも役者という仕事に出会えてなかったら、ずっと自分の内側の狭い世界で生きてたんじゃないかなとも感じている。だから、演じることが仕事になる世界にいられること自体が、喜びであるとのこと。 

 映画『羊と鋼の森』ではピアニストの高校生役を。好評を評したドラマ『3年A組―今から皆さんは、人質です―』では、ストーリーの鍵を握る重要な役どころに。『義母と娘のブルース』では娘役を繊細に演じた。
 アニメ映画『未来のミライ』では声優を務め、ミュージカルにも多数出演。ジャンルを問わず、本当に幅広い役柄を演じ続けている。
 次々と新しい役柄になりきる「切り替え」と「没入」は、どんな方法でしているのだろう。
 新しい役に入るときには、必ずする儀式があるという。演じる役に対して脳内で向かい合って、「よろしくお願いします」と深々と頭を下げて、正式に挨拶をする。その役に対して最大の敬意を払いたいのだ。
 それから、脳内で役の人物を質問責めにもする。「どんな食べ物が好き? 色の好みは? 犬派か猫派か?」などなど、細かいことまで訊いていって、その人の細部まで想像していく。
 台本に書かれている人物の情報なんて、意外に少ないものだ。ストーリーとは関係ない部分についても、その役柄のことを想像しよく知っておけば、役の深みを出せるんじゃないかと信じている。
 
 出演ジャンルが多岐にわたるなか、“舞台”という場には特別な思い入れがある。お客さんがその場にいて、ひとつの空間をいっしょにつくっているんだと強く意識させられるところが気に入っている。
 それに、作品自体との距離を縮められるという実感もある。映像作品の現場だと、セットがいかに細かく作られていたとしても、そこにはカメラマンや音声スタッフがいて、制作の裏側がつねに見える状況。でも舞台は、舞台上にいるあいだは作品世界の時間がずっと続き、演じる側としてもどんどんその世界に入り込んでいってしまう。舞台上は作品と密になれる空間だなと感じるのである。
 だからこそ、生の舞台という場に立つのは、いつも怖い。
 その怖さとは、舞台上で緊張してセリフが出てこなかったらどうしようとか、動きを間違えるかもしれない……という怖さではない。
 舞台では演技がずっと続くので、気を抜くと板の上にいるのに役がどこかへ行ってしまって、素の自分がそこにただ立っていることになってしまうかもしれない。役が抜けてしまう状態、それが何より怖い。

 どれだけ役に入り込めるか。演じる側としては、それがいい芝居のポイントになるし、役者として求めるものもそこにある。本当に役と密になれているときは、真空状態みたいだという。いまほかの場所で何が起こっているかなんてすべて忘れてしまって、役柄の時代や空間に没頭してしまう。
 忘我の境地とでも言おうか。その状態になることこそ、演じるうえでのいちばんの快感なのだと、上白石萌歌は言う。想像するだに快い。なるほど演じることに病みつきとなる気持ちが、すこしわかる気がした。

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ライター。アート、写真、文学、教育、伝記など。 著書に「上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史」など。 好物はマドレーヌ、おにまんじゅう。 【Twitter】@reading_photo   info@yamauchihiroyasu.jp