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「みかんのヤマ」 23 骨と太極拳 20220111

 骨の知識ひとつで、だれかを喜ばせたり救うこともできるんだと実感した。
 そのデキるスタッフは、声がけもうまい。ここぞという状況とタイミングで、適切な言葉を渡す。と相手は、とたんに生き生きとする。言葉の力は、すごい。

 施設内の広くなっているフリースペースでは太極拳のレッスンも開かれていた。
 ゆったりとした動き。自分のペースで始めたり終えたりできる自由さ。筋力も持久力もほとんどいらず、動作を記憶することもとくに問われない気軽さ。これはたしかに高齢者にうってつけ。ずいぶん盛況だけど、人気を博すのはよくわかる。

 部屋の消毒のかたわらちらちら覗き見していたら、やっぱり骨だなと気づいた。
 太極拳の動作ってぜんぶ、骨の可動域を広げるためにできている。同時に、基本的な骨の動作をするのに必要な最低限の力を反復して鍛える筋トレにもなってる。
 骨をできるだけ大きく滑らかに動かすこと、そこに主眼が置かれているんだ。

 室の入口ドアの把手を拭いていたはずが、わたしはいつしかレッスンに見入って立ち尽くしていた。
「はいごめんなさいねー」と、脇をすり抜けて通ろうとする患者さんに気づいて我に返る。失礼しました、すみませんと頭を下げて、また室内の消毒に戻った、フリをしつつ太極拳のレッスンを終了までちらちらと見守った。

 二十分ほどのセッションをひと通り終え、引き揚げようとする講師役の男性の背中に、わたしは思い切って声を投げた。
「あのすみません不躾に。太極拳、すごく興味がありまして、あのどこかで習うことなどできませんか」
 恰幅がいいというのか体幹が太いというのか、堂々たる身体がすいと滑らかに向き直る。黒縁の眼鏡と顎髭を載せた血色のいい顔肌が、わたしの眼前に迫ってきた。
「興味が? 太極拳に? そんな若い身空で? へえ。」

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