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第二十四夜 「雪」中谷宇吉郎

雪の結晶は、天から送られた手紙である

 科学の研究ってなんだろう? なんで、どうやって、するんだろう。
 第一線の科学者が、そんな「素人」の疑問に懇切丁寧に答えんとしたのが本書。
 中谷博士は雪の研究に没頭していたのだけれど、まずは雪と日本人がいかに親密な関係を築き、共生してきたかを説く。たしかに日本の雪深い土地では、その風土条件によって独特の文化が育まれてきたし、また雪による被害を最小限に食い止めるための工夫もあれこれ築かれてきた。
 雪ともっとうまく付き合っていくためには、相手の性質をよく知らねばならぬ。そこで博士は雪の正体の解明とその知見の普及に努めることとなる。
 雪の結晶が初めて観測されたのは13世紀のことだったという。17世紀には実用化され始めた顕微鏡によって結晶の姿がよく観察されるようになり、19世紀になると描写図が広く出回った。そうして1931年、米国のベントレーが、3千枚からなる雪の結晶の写真集を刊行するに至る。
 このように雪の姿が十全に捉えられるようになってきたのだが、では雪とはそもそも何か。雪は水が氷の結晶となったものであると定義できる。結晶とは、原子が規則正しく配列されたもののこと。雪は大気中の水蒸気が細塵を芯として利用し結晶をかたちづくり、すると重みが増すので地上へと舞い降りてくることになるのだ。
 中谷博士は北海道で長年雪の研究に従事し、あらゆる種類の雪の結晶の写真を集めた。それらを「針状結晶」「樹枝状平板結晶」などと分類分けしていった。その規則性や、実際の写真もまたたいへんに美しい。以前に中谷博士の雪の写真をある展覧会でまとまって観たことがあったけれど、一枚ずつがなんともロマンチックな気配に満ちていたことを思い出す。
 研究をしているうち、雪が人工でできないかという考えに捉われた中谷博士は、みずから装置を開発してこれを実現した。それにより、いっそう雪の様体や成因に関する研究は進むこととなったのだった。
 本書の最後で中谷博士はこう記す。
 落ちてきた雪を見れば高層からここまでの大気の状態がいろいろわかることから、
「雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る」
 読者が自然科学の研究とはどういうものかを大体において理解してくれれば、という目論見で書かれたこの小さい本は、もっとずっとそれ以上のものを読む側に与えてくれる。
 付記で博士はこうも言っている。
「われわれが日常眼前に普通に見る事象の悉くが、究めれば必ず深く尋ねるに値するものであり、究めて初めてそのものを十分に利用することも出来」ると。
 何を為そうとする人も、ものを見るうえでの視座と、ことにあたるにあたっての姿勢は、中谷宇吉郎博士から学ぶべしだ。

「雪」 中谷宇吉郎 岩波文庫

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