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日本百名湖 八 震生湖

 東京に湖は、ない。
 じゃあ東京都心にいるとき、どうしても湖を見たくなったら、どこへ向かえばいいか。
 最寄りの湖は、神奈川県にある。
 震生湖だ。
 東名高速道路、秦野中井インターチェンジ近くの丘陵地。ちょっとした坂道をクルマで上りきったところに、駐車場がある。そこから歩いてささやかな林を抜けていくと、木立の合間にキラ、と光るものがある。むろんそれが湖面だ。
 そのまま進むと、浅い入り江に出た。湖面に沿って向こうのほうまで視界が開け、細長い湖の全貌が見渡せる。
 これだけささやかな大きさだと、ほとんど波も立たない。湖面は平たく静まりかえって、幼児の肌みたくつるんとしている。
 震生湖の「一番」は、東京から最も近い湖ということだけじゃない。日本で一番新しい湖でもある。
 何しろ姿を現したのは、20世紀のことだ。1923年、関東大震災による大きな揺れによって、近辺の丘陵が200メートルほどにわたり崩落し沢をせき止めた。窪地に水が溜まり、そこが湖となったのだった。こうしてできた湖を、堰止湖という。
 地震によって新しく現れた湖に名前を付けたのは、物理学者の寺田寅彦とされる。
 東京帝国大学地震研究所に籍のあった寺田寅彦は、1930年に二度、調査でこの地を訪れた。その際に詠んだ句が、いまも湖畔に石碑として立つ。
「山さけて 成しける池や 水すまし」
 命名も「震えて生じた」湖としているのは、地震を研究していた身としては当然のことか。
 実際の透明度はさほど高くないけれど、歴史が浅いゆえ湖面には新鮮さがあって、いつも澄んだ雰囲気が漂う。



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