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創作論6 小説の3つの要素と、作中時間の操りかた

記憶の中から掘り起こす創作論の5回目、小説の3つの要素を使い倒して作中時間を操るすべについて。

あらゆる小説は「会話」「説明」「描写」、この3つの要素から成る。
どれも活用したいところだが、放っておくと描写が少なくなりがちだ。ものごとを描写するのは手間暇がかかるし、話もなかなか進まないから。
でも、たとえどんなに稚拙だとしても、描写はできるだけしたほうがいい。

3つの要素をバランスよく用いたほうが、小説内の時間をコントロールできるからである。
これら3つの要素は、それぞれ時間の感覚がまったく異なるのだ。

「説明」は、時間を加速させる。たとえば、
「あれから三年が経った」
と書くとする。と、小説内では3年の月日が流れる。でも、これを読む時間はたった1秒。1秒で3年の時の流れを表すことができるのが小説の「説明」である。

「会話」は、時間的には等速だ。
作中でだれかがしゃべっていたら、読者も同じ速度でそれを聞く(読む)ことになる。登場人物が耳を傾けている時間の長さと、読者の時間が重なる。会話が出てくるとぐっと身近な感じがするのは、作中人物と時間感覚を共有できるからでもある。

「描写」は、時間を引き延ばす。
たとえば作中で、女性が橋の上で佇んでいるとする。その姿を描写するのは、やろうと思えば10行でも20行でもできる。髪型はこう、こんな上着をはおり、持ち物はこうだった……と描写していけば、どこまでも長くできる。描写をしているあいだ、その女性はじっと橋の上で佇んでいるままだ。作中の時間はまったく進まない。極端な減速状態となる。

これらの特長を踏まえて、会話、説明、描写を適宜織り交ぜて作中の時間をつくっていく。時間の流れに「綾」がつかなければ、読み心地も単調になってしまう。
小説は基本的に、説明による加速をうまく使わないと成立しない。そうじゃないと、ある人物の生涯を描いた作品を読むのに一生分の時間がかかってしまう。そもそも加速が支配的だからこそ、描写を適宜導入して減速の箇所をつくり、単調さを防ぐといった具合か。
絵画や彫刻が視覚芸術であるのに対して、小説は時間芸術であるという根拠はこうしたところにある。


違った層から眺めれば、小説はフィクションとナレーションからできているともいえる。フィクションとは出来事の内容。ナレーションとは語り口のこと。何を(フィクション)どう語る(ナレーション)か問われるのが小説というわけだけど、説明・会話・描写のバランスの問題はナレーションに関わる話だ。
内容(フィクション)的にものすごく斬新で革命的なものを思いついたとしても、その語られ方(ナレーション)が古典的だったり形式的だったりすると、ミスマッチだしせっかくのアイデアは台無しになる。
とち狂ったフィクションを書こうとするなら、ナレーションもとち狂ってないといけない。

かつて、人肉食の体験を小説に書いた作家がいた。フィクションとしては衝撃的。けれどそのナレーションはごくオーソドックスな、というかすこし稚拙なものだったので、まったく出来事の凄さが読む側に伝わってこない。それではもったいないではないか。

まずは説明・会話・描写による時間の「揺らし」をぜひ考えたいところ。小説は、表現のためのツールが言葉に限られていて、極めて不自由だ。そこに3種類の時間の表し方があるなら、3つとも駆使すべし。


時間コントロールの見事な例としては、フロベール『感情教育』がある。
19世紀の小説なので、描写がたっぷりで、全体の時間の流れはゆったりしている。現代の感覚からすればちょっと退屈なくらい減速が効いている。ところがエンディングへ向けて、あるところで一挙に時間を加速させる。数行で四半世紀を経過させてしまう。主人公の愛する女性が、いきなり歳をとる。驚きと、時の残酷さの表現。

カフカ『城』もすごい。
城に行きたいのに一向にたどり着けない男の話なのだけど、彼がふと目にした壁のシミを、10行あまりも克明に描写したりする。彼は城へ行こうと焦っていて、シミなんてどうでもいいはずなのに、描写のあいだは時間が動かないので、彼もまたなかなかそこから立ち去れない。つまらないことを肥大化させることで、時間を歪ませて、焦燥感と不条理をかたちづくる。

泉鏡花の小説は幻想的な雰囲気がウリなのだけど、あれも説明・会話・描写のバランスの妙から生じている。女性が出てきて、その姿が延々と描写されていく。といつしか日常的な感覚が狂って、何やら怪しげな気分になってくる。この女性、只者じゃない、ひょっとして幽霊? などと、明示せずとも読む側に感じさせることとなる。

説明・会話・描写を意識してコントロールすることは、まこと応用範囲が広いのである。


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