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「みかんのヤマ」 24 城下の早朝 20220112

「太極拳なんていつでもやってる。明日からでも来るといい」

 あっさり許されて拍子抜けした。押せば開くものって意外に多い。
 お礼を述べつつも、
「あ、でも夜はわたし学校があるので、どうしたら」
 懸念を伝えると、
「夜になどやらないよ太極拳は。朝でしょ、朝。城山公園の芝生に早朝、みんな集まってるから」

 教わった通りに翌朝、公園へ出向いてみる。松山城下に広がる公園は大きく先生の姿を見つけられるか心配だったけど、まったく問題なかった。
 芝生広場の中央に大きな人の輪ができていて、中心に先生がいた。
 周りを取り囲んでいるのはシルバー世代ばかり。その集団が、海流に乗ってゆったり泳ぐ小魚の群れみたく、全体として「一」になって蠢いている。
 一匹が何気なく方向を変えると、大群は一斉に右へ左へと滑らかに動く。その最初の一匹はつねに先生だった。

 軽く頭を下げてから、わたしも輪の外縁に取り付いて、見よう見まねで身体を動かす。とりあえず似たようなポーズをとるのは、すぐできる。ただ、うまい人と自分のさまを比べれば、安定感や一つひとつの動作の大きさがまるで違う。
 入口はだれに向けても開かれているが、型を極めようと思えばどこまでも奥へ奥へ進んでいけるものなのだろうと実感した。

 さすが中国ウン千年の奥深さ。などと感じ入っているうち、ひと通りのプログラムは終わった。高齢の御仁たちは、ひとときでも無駄な時間など過ごしてはおられぬとばかり、あっという間に散り散りとなった。
 先生もあっさりしたもので、もう市街地の方面へ歩き去ろうとしている。わたしが離れたところから頭を下げると、片手を軽く上げ礼意を受け止めてくれた。

 リハビリセンターでの仕事までにはすこし間がある。夕方から通う専門学校のテキストを詰めたトートバックを肩にかけ直し、わたしは辺りを見渡した。

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