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「みかんのヤマ」 20 骨を知る  20220108

 専門学校の生徒たちは皆、座学に見向きもしない。
 初年度は講義を聴くかたちの時間が多いのに、たいていは遠慮なく居眠りしたり延々と爪をいじったり。時間をやり過ごす術を見つけるのに夢中だ。

 ひとりわたしだけが、授業中の講師にまなざしを注ぎ続ける。飛び抜けて真面目で勉強熱心な性向だからというより、これは目的のあるなしの問題なんだろう。

 だってわたしには、明確にやりたいことがある。人の心と身体を操る力を身につけて、山の王を凌駕しなければならない、そのためと思えば、授業に集中することくらいワケはない。
 そもそも何も持っていない空っぽのわたしには、初学者向けの知識程度ならいくらでも放り込む余地がある。まっさらな脳に知識を染み込ませるのは、まったく苦じゃなかった。

 このところの授業で大きなウエートを占めるのは、人体構造の根幹たる骨についての話だった。これがめっぽう興味深い。
 最初に教わったのは、人の手がこんなに自在に動くのはなぜかということ。これは前腕骨が巧妙かつ精巧にできているから。橈骨と尺骨という平行に伸びる二本の骨が、連携をとって動くことで、手のひらを百八十度も回すことができる。

 たくさんの骨のパーツが見事に組み合わさり動いているのは、全身のどこをとっても同じだ。首をぐるぐる回せるのは、付け根の第一椎骨と第二椎骨がパズルのようにぴたり嵌まって滑らかに動くから。身体を中心で支える背骨もそう。いくつもの骨のかたまりが、隙間なく組み合わさるとともに必要な分だけ屈伸して、人体のかたちを保っている。

 骨学の授業を受け持つ先生は、唯一ちゃんと話に耳を傾けるわたしの存在がよほどうれしかったんだろう。それほど関心があるのならと、学校所有の全身骨格標本を、いつでも引っ張り出して学んでよしと許可を与えてくれた。

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