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「セールスマンの死」14   20211012

 ひとけのない住宅街の道を、霊柩車はゆっくりと進んでいった。
 火葬場へ行くには、実家のすぐ脇の道を抜けていくこととなる。車はもうウチの近所に差しかかり、薄黒い車窓は私が幼少のころから見慣れた景色で満たされていった。

 見慣れた、か……。そういう光景でも、これが最後とわかって眺めたら、ずいぶん違うものに見えるものかな。父親にとってもこの辺りのは見慣れた景色なわけだが、眼にするのはこれが間違いなく最後の機会だ。
 はて、どんなふうに感じるものなんだろう? いやまあ実際のところ、彼にはもう何も見えてやいないのだけど。

 でも。もしこの焼かれる直前の肉体に、何がしか魂みたいなものが欠片でも残り留まっているとしたら、長い時間を過ごした自分の家くらいは、ひとめ見たいものかもしれない。
 急にそう思い至り、とっさに言葉が口をついた。
 すみません! ご無理は承知なんですが……。ほんのちょっとだけ、寄り道ってできませんか?
 隣席でハンドルを握る実直そうな初老の運転手に、私はそんな無理なお願いを申し出た。

 私たちの家がすぐそこでして。前の道を通れたらいいなと。もちろん通り過ぎるだけでけっこうなので。
 そう言葉を継ぐと、運転手は見た目通りの折り目正しい声で、かしこまりました。この先を右手に折れればよろしいので? と返してくれた。
 そう、右折してひと区画だけ入れば、そこがもうウチなんです。家を過ぎたらもう一度右折すれば、くるり小さく円を描くようにして、元のこの道へ戻りますので。私が段取りを説明すると、運転手はひとつ頷いて車を滑らせていった。

 こんなふうに霊柩車が寄り道することって、たまにはあるんだろうか。思い出の地を巡るツアーに駆り出すには、ちと外観が目立ち過ぎる気もするが。
 ものの数十秒で、家の前まで着いた。運転手は徐々にスピードを落とし、門の前でぴたり停車してくれた。
 焼かれてしまう直前という最後の最後に、住み慣れた地に立ち寄れるなんてよかったじゃないか。冥土の土産、じゃないけどさ。
 口下手ゆえに声を発するたび憎まれ口となった父の言い草を真似て、私は心の中でそうつぶやいてみた。

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