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「若冲さん」 41   20211201

 錦はお上に目を付けられ「終わった」市場だ、そんな噂もまだ絶えない。
 若冲の生家・桝源は大店ゆえ持ち堪えたが、再開の余力なき店も多かった。
 せっかく営業禁止が解けた錦市場に、生気はなかなか戻らない。

 青果や魚介など水ものを扱う市場では、すべてが循環し新鮮を保たねば駄目だ。
 ヒト・モノ・カネが澱んでいる錦の現況はかなり深刻。
 なんとか空気を変え人を招ばねば、錦市場は早晩立ち直れなくなるだろう。

 錦の苦境はユウを経由して、鴨川のほとりで暮らす若冲の耳にも入ってきた。
 同時に錦では、若冲への待望論も人の口の端に上っていた。
「また桝源の隠居に腰を上げてもらえまいか」と。

 桝源の前当主が政治力・交渉力を発揮して、市場再開へと漕ぎ着けた事実は、
「あのボンが? ホトケさまに生まれ変わらせてもらったのか?」
 という驚きとともに、広く知られるところとなっていたから。

 商売人としての若冲のことは馬鹿にしきっていただろうに、見事な手のひら返し。
 が、若冲自身はそんなことを気にも留めていない。
 何しろ画を描き尽くした若冲の心境はいま、澄んで波紋ひとつない湖面のごとしだ。


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