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鈴木理策『知覚の感光板』 〜トタン屋根書店で見つけた本〜

 これこそみずからの仕事、そう見定めたテーマや技法を長年かけて深めていくのが写真家というものの本分でしょう、その成果を一冊に凝縮させた見本のような写真集がこれですよ。
 と店主が持ち出してきたのは、鈴木理策『知覚の感光板』だった。

 撮影者の思いや記憶、身体的な癖のようなものに侵食されていない「純粋な見え方」のようなものを、紙という物質にいかに定着させられるか。かねてそんなねらいを持って進められてきたのが鈴木理策の創作です。
 彼が続けてきた作業の成果を、この本の中ではたっぷり見ることができるわけです。収められているのは基本的に風景写真で、フランス各地で撮られたものが多いですね。19世紀の画家たち、とりわけ印象派に関連したモネやセザンヌの制作地を巡っています。
 彼ら印象派の面々というのは、新参者の表現だった写真術に大いにとまどったり刺激を受けたりしながら、絵を描くこととは何か、ひいてはものを見るとはどういうことかと真摯に考え抜きました。「いま、そこにある視覚」とはどんなものかを厳しく問い詰め、創作に反映していったのです。
 鈴木にとって彼ら印象派の画家たちとは、問題意識を同じくする先人ということになりましょう。
 百数十年の時を経て、鈴木は印象派の人たちが見たのと同じ光景を眼前にしながら、その場の光や風を感じながら撮影をしていきました。そうして得られた画像の一つひとつは、観る側の目にひどく新鮮に映ります。そこに写っているのは水であり、雲であり、樹皮や葉っぱなのですが、一見したときはそれらが何という名を持つものなのかに思いが至らないのです。ただいろんな事物がゴロリとそこに現れ出たとしか、考えが及びません。
 そうかこの感触こそ、「純粋な見え」というものか。見ることの歓び、それだけがページから溢れ出ていると感じられますよ。

鈴木理策 「知覚の感光板」 赤々舎

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