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『よあけ』

山の奥の湖のほとりの、夜が明ける。
ただそれだけのことが起こる。
タイトルのとおりに。

絵本はたいてい、絵とすこしの文章で、できている。
よくあるのは、絵と文のどちらかが主導権を握って、作品を引っぱっていくパターン。

『よあけ』はちがう。絵と文それぞれが独立した表現としてありつつ、溶けあい、引き立てあっている。

絵柄は、ごくシンプル。わずかな線と同系の色だけでできている。
絵とは紙の上のシミにすぎないと、気づかされる。
でもじっと見ていると、そのシミは稜線になり湖面へと化け、息を吸い込むと鼻腔が痛くなるほど凛とした夜気まで喚起する。すごい、ただのシミなのに。

文章は、各ページにささやかに置かれている。
その字面が美しい。絵と同じくらいに。

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「つきが いわにてり、ときに このはをきらめかす。」

という言葉が書かれたページには、柔らかい月明かりで湖畔の岩や樹の照らされるさまが描かれる。言葉と絵、ふたつのきれいなものを行き来して眺めるのは快い。

この一冊に描かれるのは、暗く静まり返っていた湖畔が、朝になって生気を宿すまでの過程。ただそれだけ。
夜のうちは、太陽光の反射であるところのほのかな月明かりだけがある。
夜が明けて太陽が出る。生きとし生けるものすべてが動き出し、もののかたちが明瞭になって、見渡すかぎりが色彩を帯びていく。
それはなんという僥倖か。

この本の文章と絵のすべてを、でき得るなら丸暗記したい。
そうして毎朝、起きるたびに反芻する。そうできたら、毎日が理想の一日になるのに。


よあけ
ユリー・シュルヴィッツ 作・画
瀬田貞二 訳
福音館書店

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