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「みかんのヤマ」 4父の転落   20211223

 眼を薄く開く。意識が手元へ戻ってくる。まず視界に入るのは束ねられたカーテン。その向こう、窓外には宇和湾の海面。すこし白波が立っている。水平線があるところから滑らかに盛り上がって、どこからか、みかん山の稜線になる。

 みかんの葉の翠色と果実のオレンジ色が濃い。眼をよく見開くと、葉が異様に分厚く膨れ上がって葉脈が食い込んでいる様子や、真ん丸の果実の表面が果汁も滲み出さんばかりの瑞々しさを湛えているのがわかる。

 うちの畑はどんなだろう。机に突っ伏していた身体を緩慢に起こして、首を左後ろへ回す。区画はすぐ判別できる。樹高も葉の厚さもオレンジ色の玉のなりも、すべてが他所よりひと回り大きいから。
「ここだけの話、おれは名人だからな」
 休日に車で出かける道中、父は後部座席に座る幼いわたしと助手席の母を交互に見ながら、わざと小声をつくってそう言い出すのがお決まりだった。

 その父の姿が、みかん畑のなかに見える。荷の運搬のためみかん山の隅々まで、手の甲に浮き出た血管みたく張り巡らされたトロッコを、自分の区画に停めて木箱をいくつも積み終えたところ。
 自分の身体も、ひらり荷車に載せる。もぎたての丸々太ったみかんとともに、一次集荷場まで降りていくつもりなんだろう。車の背面についた鉄棒を引いて、ストッパーを外す。積荷の重みでトロッコが滑り出す。

 その途端、ドスッ。鈍い音がわたしの耳に響く。トロッコが右手側に九十度傾き、何かにぶつかって止まる。荷がすべて宙空にぶち撒けられる。無数のみかんがオレンジ色のシャワーのように広がったかと思うと、すみやかに背の低い樹々の翠色へ吸い込まれていく。人形みたいに無抵抗な父の影も、みかんの群れと同じ放物線を描いてすぐ消えた。

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